昼まで眠ったあと、わたしは壺で清少納言さまと落ち合った。
「それは奇縁ね! そなたたちは、えにしに導かれて再会したのでしょうね」
わたしが昨夜のことを説明すると、清少納言さまは乙女のようにはしゃいだ。
「行成さまに頼んでおいて正解だったわね」
「ええ……」
「まあ、気のない返事だこと。そなたの幼なじみは、素敵な陰陽師になっていたのでしょう?」
うつむいて檜扇をいじくってばかりのわたしを、清少納言さまが見咎める。
「たしかに素敵になっていました。でも……わたしのなかで、あの彦丸とは繋がらないのです」
「それが大人になるということ……ではなくて?」
「そうなのですが……人が変わったみたいで……。どこか冷たい印象の殿方になっていたものですから驚いてしまって……」
それを聞いて、清少納言さまは眉をひそめた。
「冷たい印象……ね」
「……? 何でしょうか?」
「行成さまから聞いたところによると、光宗さまは〝氷の陰陽師〟と呼ばれているとか」
「〝氷の陰陽師〟ですか……」
清少納言さまはうなずいて、眉間のしわを深くすると、
「物の怪には一切、容赦しないそうよ。情が無さすぎるとのことで、陰陽寮で浮き上がっているようね。一匹狼だから、今回のことを頼みやすかった……というのはあるわ」
と教えてくれた。
日が暮れて夜になり、子の正刻きっかりに、光宗さまは登花殿の簀子縁へ姿を見せた。
「よし。今日こそ、この騒動を終わらせてみせよう」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げたわたしに構わず、光宗さまは歩きだした。
「女房たちの局に行くぞ」
「えっ、何をするのです!?」
小声で訊きながら、光宗さまの後についていく。
「結界を張るのだ」
局のある廂の間の前までやって来ると、光宗さまは、目隠しの衝立になっている御簾に護符を貼りつけていった。
「これでいい。おまえの局に案内してくれ」
「ど、どういうことです!?」
「外をうろうろしていたら、霊鬼が警戒するかもしれん。だから、おまえの局で待たせてくれ」
(嘘でしょう……?)
大きな声を出すわけにもいかず、光宗さまがわたしの局に入るのを押しとどめることができなかった。
狭い局のなか、光宗さまはためらいなく寝転がった。
几帳で隔たっているだけの両隣からは、歯ぎしりやら寝言やらが聞こえてくる。
「どうした? おまえも横になれ。座っていたって、疲れるだけだぞ」
「はあ……」
「安心しろ。霊鬼が動きだすまで、ただ待つだけだ」
光宗さまが背中を向けたので、わたしもようやく横になった。
狭いので、どうしても腕が光宗さまの背中に当たる。ただでさえ蒸し暑いのに、かーっと全身が熱くなってきた。
気をまぎらわそうと、わたしは口を開いた。
「光宗さまは、どうして〝氷の陰陽師〟と呼ばれているのです?」
「……気に入らん呼び名だ」
「申し訳ございません!」
慌てて詫びたが、光宗さまは本気で怒ったわけではなさそうだった。
「まあ、そう呼ばれても仕方ない、とも思うがな。俺はどんな悪鬼だろうが、強力なあやかしだろうが、倒せる陰陽師をひたすら目指してきたからな。いつしか人間らしい心を失ってしまったのだろう」
「どうしてそこまで……」
ふいに光宗さまが動いて、こちらを向いたので、心の臓が跳ねた。
互いの吐息がかかるくらい近くに、顔がある。
「大切な存在を守れる男になりたかったからだ。あのとき、俺はおまえを守れなかったから……」
酒垂山の一件のことを、光宗さまはずっと気に病んだまま生きてきたのか。
わたしが、彦丸の生き方を変えてしまったのかも、と悔やんでいたのと同じように……。
「光宗さま。わたしも……」
言いかけたところで、雷鳴のような音が響きわたった。
「霊鬼が出た!」
光宗さまがすばやく立ち上がった。
「何の音……?」
「どうしたのかしら?」
「雷でも落ちた?」
女房たちが起き出す声や気配がする。
わたしの局から飛び出していった光宗さまが叫んだ。
「こいつだ! こいつの霊鬼だ!」
わたしはあちこちに裳を引っかけながら、なんとか光宗さまがいる局に入った。
そこは――。
「宰相さま!?」
宰相の君の局で、黒い霊鬼がもがき苦しんでいた。
「結界を張っているから、この局から出ることはできんぞ! ましてや形代をつけてあるんだ。貴様の呪力はずいぶんと吸われているはずだ。観念しろ!」
そう叫んだ光宗さまは手で印を結び、呪文を唱えはじめた。
霊鬼の胸に、光る人型の紙が浮かび上がる。これが式神がつけたという形代だろう。
さらに苦しみだした霊鬼を、宰相の君が突っ立ったまま、呆然と見つめている。
「どうしたの!?」
清少納言さまや小兵衛が飛び込んできて、異様な状況に息を呑んだ。
「清少納言さま! 主上や中宮さまを安全なところへ! ここはわたしたちにお任せを!」
わたしが叫ぶと、清少納言さまはすぐに察してくれて、
「わかったわ! ここは任せた!」
と言うが早いか、母屋のほうへ向かった。
「……わたしの霊鬼よ。わたしの霊鬼なのよ! 何をしているのよ――――っ!」
いつもの宰相の君はどこへ消え失せたのか。目を血走らせ、こめかみに血管を浮き上がらせて、光宗さまに飛びかかろうとした。
「おやめください!」
わたしはとっさに宰相の君に組みついた。
「ええい、放せ、下臈めが!」
なおも暴れる宰相の君の罵声に、わたしは湧きあがった怒りをそのままぶつけた。
「うるさいっ!」
わたしは宰相の君の頬を平手打ちし、そのまま床に倒した。
「田舎育ちを舐めるんじゃないよ! こっちは山野を駆けまわって、力仕事だってやったんだから! あんたは椀より重いもの持ったことないだろ!」
我を忘れて押さえつけると、宰相の君は抵抗をやめた。
「霊鬼廃滅。急急如律令」
光宗さまの呪文とともに形代が燃え上がり、霊鬼は霧となって消えた。
「それは奇縁ね! そなたたちは、えにしに導かれて再会したのでしょうね」
わたしが昨夜のことを説明すると、清少納言さまは乙女のようにはしゃいだ。
「行成さまに頼んでおいて正解だったわね」
「ええ……」
「まあ、気のない返事だこと。そなたの幼なじみは、素敵な陰陽師になっていたのでしょう?」
うつむいて檜扇をいじくってばかりのわたしを、清少納言さまが見咎める。
「たしかに素敵になっていました。でも……わたしのなかで、あの彦丸とは繋がらないのです」
「それが大人になるということ……ではなくて?」
「そうなのですが……人が変わったみたいで……。どこか冷たい印象の殿方になっていたものですから驚いてしまって……」
それを聞いて、清少納言さまは眉をひそめた。
「冷たい印象……ね」
「……? 何でしょうか?」
「行成さまから聞いたところによると、光宗さまは〝氷の陰陽師〟と呼ばれているとか」
「〝氷の陰陽師〟ですか……」
清少納言さまはうなずいて、眉間のしわを深くすると、
「物の怪には一切、容赦しないそうよ。情が無さすぎるとのことで、陰陽寮で浮き上がっているようね。一匹狼だから、今回のことを頼みやすかった……というのはあるわ」
と教えてくれた。
日が暮れて夜になり、子の正刻きっかりに、光宗さまは登花殿の簀子縁へ姿を見せた。
「よし。今日こそ、この騒動を終わらせてみせよう」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げたわたしに構わず、光宗さまは歩きだした。
「女房たちの局に行くぞ」
「えっ、何をするのです!?」
小声で訊きながら、光宗さまの後についていく。
「結界を張るのだ」
局のある廂の間の前までやって来ると、光宗さまは、目隠しの衝立になっている御簾に護符を貼りつけていった。
「これでいい。おまえの局に案内してくれ」
「ど、どういうことです!?」
「外をうろうろしていたら、霊鬼が警戒するかもしれん。だから、おまえの局で待たせてくれ」
(嘘でしょう……?)
大きな声を出すわけにもいかず、光宗さまがわたしの局に入るのを押しとどめることができなかった。
狭い局のなか、光宗さまはためらいなく寝転がった。
几帳で隔たっているだけの両隣からは、歯ぎしりやら寝言やらが聞こえてくる。
「どうした? おまえも横になれ。座っていたって、疲れるだけだぞ」
「はあ……」
「安心しろ。霊鬼が動きだすまで、ただ待つだけだ」
光宗さまが背中を向けたので、わたしもようやく横になった。
狭いので、どうしても腕が光宗さまの背中に当たる。ただでさえ蒸し暑いのに、かーっと全身が熱くなってきた。
気をまぎらわそうと、わたしは口を開いた。
「光宗さまは、どうして〝氷の陰陽師〟と呼ばれているのです?」
「……気に入らん呼び名だ」
「申し訳ございません!」
慌てて詫びたが、光宗さまは本気で怒ったわけではなさそうだった。
「まあ、そう呼ばれても仕方ない、とも思うがな。俺はどんな悪鬼だろうが、強力なあやかしだろうが、倒せる陰陽師をひたすら目指してきたからな。いつしか人間らしい心を失ってしまったのだろう」
「どうしてそこまで……」
ふいに光宗さまが動いて、こちらを向いたので、心の臓が跳ねた。
互いの吐息がかかるくらい近くに、顔がある。
「大切な存在を守れる男になりたかったからだ。あのとき、俺はおまえを守れなかったから……」
酒垂山の一件のことを、光宗さまはずっと気に病んだまま生きてきたのか。
わたしが、彦丸の生き方を変えてしまったのかも、と悔やんでいたのと同じように……。
「光宗さま。わたしも……」
言いかけたところで、雷鳴のような音が響きわたった。
「霊鬼が出た!」
光宗さまがすばやく立ち上がった。
「何の音……?」
「どうしたのかしら?」
「雷でも落ちた?」
女房たちが起き出す声や気配がする。
わたしの局から飛び出していった光宗さまが叫んだ。
「こいつだ! こいつの霊鬼だ!」
わたしはあちこちに裳を引っかけながら、なんとか光宗さまがいる局に入った。
そこは――。
「宰相さま!?」
宰相の君の局で、黒い霊鬼がもがき苦しんでいた。
「結界を張っているから、この局から出ることはできんぞ! ましてや形代をつけてあるんだ。貴様の呪力はずいぶんと吸われているはずだ。観念しろ!」
そう叫んだ光宗さまは手で印を結び、呪文を唱えはじめた。
霊鬼の胸に、光る人型の紙が浮かび上がる。これが式神がつけたという形代だろう。
さらに苦しみだした霊鬼を、宰相の君が突っ立ったまま、呆然と見つめている。
「どうしたの!?」
清少納言さまや小兵衛が飛び込んできて、異様な状況に息を呑んだ。
「清少納言さま! 主上や中宮さまを安全なところへ! ここはわたしたちにお任せを!」
わたしが叫ぶと、清少納言さまはすぐに察してくれて、
「わかったわ! ここは任せた!」
と言うが早いか、母屋のほうへ向かった。
「……わたしの霊鬼よ。わたしの霊鬼なのよ! 何をしているのよ――――っ!」
いつもの宰相の君はどこへ消え失せたのか。目を血走らせ、こめかみに血管を浮き上がらせて、光宗さまに飛びかかろうとした。
「おやめください!」
わたしはとっさに宰相の君に組みついた。
「ええい、放せ、下臈めが!」
なおも暴れる宰相の君の罵声に、わたしは湧きあがった怒りをそのままぶつけた。
「うるさいっ!」
わたしは宰相の君の頬を平手打ちし、そのまま床に倒した。
「田舎育ちを舐めるんじゃないよ! こっちは山野を駆けまわって、力仕事だってやったんだから! あんたは椀より重いもの持ったことないだろ!」
我を忘れて押さえつけると、宰相の君は抵抗をやめた。
「霊鬼廃滅。急急如律令」
光宗さまの呪文とともに形代が燃え上がり、霊鬼は霧となって消えた。


