平安後宮おてんば女房と氷の陰陽師

「ああ……わたしの霊鬼が……」

 宰相の君が、倒れたまま泣き出した。

「衛門。大丈夫か?」
「ええ」
「おまえのおかげで調伏に集中できた。感謝する」

 手を取って立ち上がらせてくれた光宗さまに、わたしはほほ笑んで、
「礼には及びませんわ。わたしの仕事です」
 と返した。

 光宗さまの顔にも「やられた」とばかりに微笑が浮かぶ。

 そこへ、右近たちが紙燭を持ってきてくれた。

「主上と中宮さまは、清涼殿(せいりょうでん)のほうへお移し申し上げたわ」

 高坏(たかつき)灯台にも火が灯され、泣き続ける宰相の君の姿が照らし出された。

「おまえは霊鬼を出すことにずいぶんと手慣れていたようだな。最初は偶然だろうが、そのうち手足のように自在に動かせるようになった。違うか?」

 光宗さまの詰問に、宰相の君は答えない。

「誰を恨んでいるのだ?」
「…………清少納言です」

 ようやく宰相の君は話しはじめた。

「恋の相手を取られたか。相手は?」
「実方さまです。登花殿を霊鬼で動き回れば、悪評が立ち、貴人の足が向かなくなる。清少納言とも会わなくなる……。そう考えたのですわ」
「そんなことをしたって……」

 思わずわたしが口を挟むと、宰相の君は力なく笑った。

「意味はない。わかっております。虚しいだけでした。でも、それでも、わたしは……」

 また、宰相の君は泣き崩れた。


 後日、宰相の君は里に帰され、謹慎処分となった。
 そして今日、光宗さまとわたしは清涼殿にて、一条帝と中宮さまに拝謁(はいえつ)することになっている。登花殿の騒動において働きがあったとして、お褒めの言葉に預かることになったのだ。

「ああ、なんてことでしょう! 主上と中宮さまにお会いできる日がくるなんて!」

 光宗さまに伴われ、清涼殿へと移動する際に、わたしは天を仰いだ。

「何か褒美は頂けるのだろうか……」

 下世話なことを言う光宗さまを、ぎろりと睨みつける。

「拝謁できるだけで充分ですわ! これ以上ない誉ですもの!」
「まあ……な」

 光宗さまの表情がやや硬いのは、緊張しているせいかもしれない。
 くすっと笑うと、光宗さまに肘で小突かれてしまった。

「なんだ?」
「いいえ。〝氷の陰陽師〟とともに働けたことは、これ以上ない幸福でしたわ」
「働けた? これからも働いていく……の間違いだろう」
「えっ……?」
「俺もついに一匹狼は返上だ。おまえに助手をやってもらう」

 光宗さまが何を言っているのか、わからない。
 焦りながら問いつめる。

「ど、どいうことですか!?」
「俺の氷を溶かしてくれ。清少納言の許しは出ている」
「ええええええええっ!」

 わたしの叫び声が、内裏全体に響きわたった。



 了