凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

 ――と、駅の方角から汽笛が聞こえてきた。

 機関車に乗り込んで、帝都を目指す。到着までは約十七時間。徒歩や船で何日もかけて移動するしかなかった時代を思えば、なんという進歩か。

 どこか物悲しくもある汽笛に肩を震わせた琴音だが、旅立ちに感傷的になったわけではない。
 いつの間にか、あやかしたちに取り囲まれているのに気づいたからだ。

 ……が、黒い霧がまったく見えないので、悪意は欠片もないことがわかる。好奇心から寄り集まっただけのようだ。

「大丈夫。俺たちを見送りたいらしい」

 苦笑まじりに幻十郎が言う。

「お見送り……ですか……?」
「あの久葉を倒したってことで、俺たちは感謝されてるようだ」

 あやかしにとっても、久葉は恐ろしい脅威だっただろう。もうその名は消えたが、かつての蛇ノ目村、そして桜町を住み処にするあやかしは徐々に増えていくはずだ。

 刹那、琴音の赤いリボンが揺れた。

 秋風が揺らしたのではない。カワウソのような姿のあやかしが、すばやく琴音の横を走りぬけたからだ。

「まあ、かわいい……」

 街灯に登って、こちらをちらちら見ている様子は愛らしい。
 足を止めて見つめていると、幻十郎が教えてくれた。

「あれは風狸(ふうり)だ。風のように現れては、ちょっとした悪戯(いたずら)をしていく」
「悪戯ですか……?」
「琴音、動かないでくれ」

 幻十郎がふいに、琴音の肩に手をのばす。

「……?」

 幻十郎が手にしたのは、赤ワインのような色をした花であった。

「あら、コスモスですわ!」

 異国から渡来してまだ間もない、女学生に人気の花だ。

「綺麗……」
「あの風狸からの贈り物のようだ」
「うれしい! ありがとう……」

 虚空に向かって手をふる琴音を、行き交う人々が不思議そうに見る。誰にも、あやかしたちが見えていない。巨大な駅舎に見とれている由松にも。

 空には、もはや不吉な箒星の軌跡は浮かばない。

「つけてやろう」

 幻十郎は、琴音の簪(かんざし)に、コスモスの花から一寸(約三センチ)ほど伸びた茎を紐(ひも)で結びつけてくれた。

「うん。琴音には、やはり赤が似合う。〝深紅の姫君〟だものな」
「まあ! 幻十郎さまったら!」

 頬をふくらませる琴音を見て、幻十郎が美しい顔をほころばせる。

(これが……幸せというものなのだわ……)

 琴音は胸をときめかせ、目の前の幻十郎に微笑みかけた。

 また、汽笛が響きわたる。
 琴音は、見送りのあやかしたちに別れを告げた。

「おねえさま! 義兄さん! 早く行きましょう! 乗り遅れたら大変です!」

 駅舎の前から、由松が手をふっている。
 琴音は手をふり返し、幻十郎と寄り添って歩を進めた。



 了