凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

 惨劇の起きた蛇ノ目村と関係者に対する処分は、速やかに行われた。

 蛇神を祀っていると偽ってきた蛇好神社は廃社となり、九百年前、泉家の〝はぐれ陰陽師〟に倒された本物の蛇神の魂を鎮めるため、祠(ほこら)が建てられることになった。

 泉家と癒着が強かった村長と地主連中は土地と財産を没収の上、まとめて追放された。
 涼風家も解体されることになり、使用人たちは暇を出され、夫に先立たれた涼風富美は一か月を過ぎてなお警察署に留置されたままだ。

「本音を言えば、おまえを刑務所に送ってやりたい」

(いや、松之助や久葉がいる地獄に、おまえも送ってやりたい)

 取り調べに加わった幻十郎が憤怒の眼差しを向けようとも、富美は太々(ふてぶて)しい態度を崩さなかった。夫を失ったことを嘆くより、自己弁護に忙しくして、
「村の伝統に則って、断腸の思いで蛇神さまに娘を捧げただけです」
 との主張を繰り返すのみだ。娘の琴音に対する詫びの言葉も出てこない。

 幻十郎にとって歯がゆいことに、現行の法律では富美を裁くことは難しい。近いうちに釈放となるだろう。

 だが……富美にはもう帰るべき家がなくなった。これまでのような安穏とした贅沢な暮らしはできない。それが重い罰となって降りかかるだろうが、同情する気は微塵もない。

「私は琴音と婚約した。由松も連れて、いっしょに帝都に帰ることになる」

 この報告にはさすがに狼狽(うろた)えた富美だったが、反対はしなかった。
 繁栄させるべき家がなくなった現状で、由松を育てるのは無理だと判断したか、幻十郎を怒らせては本当に刑務所送りになると怯えたか。

 蛇ノ目村の闇について、すべてを語った泉葉太は侠客と組んで犯した罪を問われ、静岡の刑務所に収監された。
 軽犯罪の部類であったから一年足らずの刑期となったが、侠客の大物の逮捕につながる証言をした葉太は命を狙われてもおかしくない立場にあった。そこで旧都周辺の刑務所は避けるようにと裁判所に進言したのは、他ならぬ幻十郎であった。

(死なせるには惜しい男だ)

 泉家の呪縛から解き放たれた今、更生してまともな仕事に就き、真っ当に生きていってほしいと願う。本人の心掛け次第、でもあるが。

 戸沢みさをに暴行を働いた者たちは、久葉に殺害された大野清兵衛をのぞいて全員逮捕された。結果として死亡させた罪は重く、実刑は間違いない。裁判が長引いているが、実質的に村を支配していた久葉に強要された点が斟酌(しんしゃく)されるなら、死刑は免れそうである。

 そして、式神となっていた泉香世は抵抗するそぶりは一切見せず、幻十郎と警察の取り調べにも素直に応じた。
 ところが、彼女は一度死んだも同然で、もはや人間とはいえない。法律は適用できず、かといって悪しきあやかしに分類することも適当ではなかった。

 扱いに困り果てた警察に押しつけられる形で、香世の身柄は特務部隊の預かりとなった。幻十郎の判断により、旧都の陸軍第十六師団司令部に一室を用意して、そこに彼女を幽閉する形をとった。
 広々とした清潔な洋室だが、旧都の高名な法力僧に結界を張ってもらったので、妖術を使って脱出することはできない。無論、本人にその気は無さそうであるが。

 気の毒ではあるが、暫くは我慢してほしい、と本人に伝えてある。

 いずれは自分と同じ、特務第四小隊の別働隊の隊員に、香世を推挙するつもりだ。彼女なら、有能な隊員になれるだろう、との読みが幻十郎にはある。

 幻十郎は数か月にわたって蛇ノ目村、桜町、旧都を行ったり来たりで、多忙な日々が続いた。

 琴音は由松とともに、蛇ノ目村の涼風邸に残り、様々な後始末に追われた。使用人はいないので食事などが不便であろうと、幻十郎が桜町に宿をとるよう促したが、琴音は「料理を覚えるいい機会ですから」と頑なだった。

 折を見て、幻十郎もたびたび涼風邸を訪れたが、由松が自転車で食材を買い出しに行ったり、琴音は近隣の親切な老婆に教わりながら料理をしていて、楽しそうではあった。
 もっとも、何かがあってはいけないので、離れに護衛の軍人を常駐させることは怠らなかった。一連の騒動により村は大変革を迫られており、琴音たちに悪感情を抱く村人がいるかもしれないからだ。

 ただ、今回の一件での「特務部隊の働きについて、帝が大いに満足なさっている」との公式文書が出されたことで、旧都や桜町の陸軍で白眼視されていた特務部隊の地位は向上した。同じ陸軍の他部隊に協力要請することが容易になったのは、非常にありがたかった。

 なお、負傷していた能登たちも、梅雨が終わる頃には全員完治した。

「琴音さんを泣かせたら、俺が奪っちまうからな」

 そう言い置いて、能登はまた新たな任務へと出ていった。

 成田曹長ら特務第二小隊の面々も、帝都への帰還命令が出て、八月に旅立った。それと入れ替わるように、帝都から特務第三小隊の四名が派遣されてきて、悪しきあやかし対策の任務につくのだった。