日曜日の昼下がりに不吉な箒星が見せてきた幻影と、まったく同じ光景であった。
幻十郎の身体に、巨大な白蛇が長いとぐろで巻きついている。
(このままでは、みんな死んでしまう……!)
思わず天を仰いだ琴音の目に飛び込んだのは、尾を引いて流れていく彗星だ。
(わたしも死んでしまう……)
だから、力が欲しい。そう願わずにはいられない。
すると、彗星の尾から、ひとすじの光が降りてくるのが見えた。
その光は、まっすぐに自分めがけて落ちてくる。
「きゃあ!」
琴音は悲鳴をあげた。たちまち全身が熱を帯びる。
これは禍々しくも、強大な力だ。自分のなかに元からあった力をさらに活性化させるような力――。
自分を守ることができる力だ。悪しきあやかしや、人間の悪意から身を守るための力だ。
(そういうことだったのね!)
琴音は、自分の異能について理解した。
人ならざる異形のものと意志疎通できたのは、悪しきあやかしから身を守るためでもあった。
人間の悪意が黒い霧となって見えたのも、自分を守るためだ。
気つけば、自分を縛っていた荒縄だけが熱で焼き切れていた。
「八神さま……」
琴音は立ち上がり、白蛇のとぐろに巻かれたままの幻十郎に近づいた。
意識のない幻十郎の頬に触れる。
……と、冷たくなっていた肌に、温もりが蘇ってくる。
「な、何をしたのだ!?」
久葉が見咎めると同時に、幻十郎の身体は眩く光り始めた。噴き出していた首元の血は止まり、傷もすっかり塞がっている。
幻十郎はゆっくりと目を開いて、琴音に微笑みかけた。
「ありがとう、琴音さん。あとは私がやる」
そう言うと、幻十郎の身体の光が強さを増した。
「あっ、熱い!」
白蛇と一体化している久葉が悲鳴をあげると、白蛇はとぐろを緩めて、幻十郎を解放した。
「離れていてくれ」
琴音にそう言うと、幻十郎は永井軍曹の許まで歩いていった。気絶している永井軍曹の傍に落ちていた妖刀を拾いあげる。それは根本から折れているのだが……。
「ちょっと借りるぞ」
幻十郎は、折れて無くなっている刀身に手のひらを添わせた。たちまち、炎が刀身となった。
(凄い……)
琴音は陶然たる面持ちで見守るだけだ。
あの灼熱の炎ならば、この村の忌まわしき因習を燃やし尽くしてくれるはず……。
幻十郎は振り返って、久葉に問うのだった。
「なぜ、おまえは力を求めるのだ?」
「はあ? 力があれば、何でも思い通りになるからや!」
久葉は狂気じみた笑い方をした。
「この神にも等しい式神とともに、帝都に侵攻するんや! 帝を旧都にお連れするためにな!」
「何故だ?」
「泉家一門のなかで、我らの先祖は九百年前、京を追放された〝はぐれ陰陽師〟やったんや。おかげで、こんな陰気な村に住み着くようになってもうた。その積年の恨みを晴らすための式神や! 私が旧都を新たな帝都にする! 華やぎを取り返す! これこそが、最高の復讐や!」
「そうか……」
幻十郎は、静かに炎刀を構えた。
「安心した。おまえは正真正銘の屑だ。躊躇なく倒せる」
「何やと!」
幻十郎は、白蛇の式神より早く動いた。
炎刀で斬りつけると、すぐさま炎が白蛇の全身に広がった。その強力な炎は、久葉をも燃やしていく。
「ぎゃああああああ! 熱い、熱い、熱い! あつぅ……」
絶叫のあと、久葉の声は掻き消えた。
白蛇は黒煙となって天に昇っていったが、黒焦げになった久葉だけは、底なしの蛇淵沼に落ちた。
そして、ゆっくりと地獄へ堕ちていった。
(よかった……。これでようやく……)
白蛇に縫い留められていた乙女たちの魂は、ようやく解放されたのだ。
琴音はほっとして、大きく息を吐きだした。
それから由松に駆け寄って、縄を解いていると。
炎刀を捨てた幻十郎が近づいてきた。優しい微笑みを浮かべて……。
「八神さま!」
「無事でよかった……!」
「助けてくださって、ありがとうございます……」
そこまで言って、琴音は「あ!」と叫んだ。
「能登さまが! さっき沼に……!」
「あいつなら大丈夫さ。ほら……」
幻十郎の視線をたどると、能登は沼のほとりに寝かされていて、傍らに香世がいた。
琴音は、由松を背負ってくれた幻十郎といっしょに、香世たちの許へ行った。
「この方は気を失っているだけで無事です。すぐに引き上げましたので……」
二人が礼を言うと、香世はうなだれた。
「父と兄は、永遠に沼の底ですが、因果応報というものでしょう」
香世は、家族を三人も失った。妹の沙世まで……。
琴音も養父や使用人を失ったが、何の感情も湧きはしない。
(わたしは冷たい人間なのだわ)
「おーい、無事か!?」
そこへ警察官たちがやってきて、能登や成田曹長ら負傷者を運び、由松も保護してくれた。
「事情を聞かせてくれへんか。署まで来てもらうで」
香世は抵抗しなかった。幻十郎が渡した上着を羽織り、大人しく警察官に連行されていった。
引き続き、遺体の検視が行われ、幻十郎と琴音も立ち会った。気遣った幻十郎に「離れていたまえ」と言われたが、琴音は頑なだった。
自分に対する愛もなく、あっさりと蛇神に差し出した養父と、盲目的に養父に従うだけだった使用人たち。
背を向けていいはずだが、涼風家の人間としての責任がそうさせるのか、琴音は検視を見守り、手も合わせた。
蛇淵沼に沈んでしまった泉葉蔵と久葉については、引き上げるのが不可能であり、そのままにするしかなかろう、との結論に至った。
幻十郎の身体に、巨大な白蛇が長いとぐろで巻きついている。
(このままでは、みんな死んでしまう……!)
思わず天を仰いだ琴音の目に飛び込んだのは、尾を引いて流れていく彗星だ。
(わたしも死んでしまう……)
だから、力が欲しい。そう願わずにはいられない。
すると、彗星の尾から、ひとすじの光が降りてくるのが見えた。
その光は、まっすぐに自分めがけて落ちてくる。
「きゃあ!」
琴音は悲鳴をあげた。たちまち全身が熱を帯びる。
これは禍々しくも、強大な力だ。自分のなかに元からあった力をさらに活性化させるような力――。
自分を守ることができる力だ。悪しきあやかしや、人間の悪意から身を守るための力だ。
(そういうことだったのね!)
琴音は、自分の異能について理解した。
人ならざる異形のものと意志疎通できたのは、悪しきあやかしから身を守るためでもあった。
人間の悪意が黒い霧となって見えたのも、自分を守るためだ。
気つけば、自分を縛っていた荒縄だけが熱で焼き切れていた。
「八神さま……」
琴音は立ち上がり、白蛇のとぐろに巻かれたままの幻十郎に近づいた。
意識のない幻十郎の頬に触れる。
……と、冷たくなっていた肌に、温もりが蘇ってくる。
「な、何をしたのだ!?」
久葉が見咎めると同時に、幻十郎の身体は眩く光り始めた。噴き出していた首元の血は止まり、傷もすっかり塞がっている。
幻十郎はゆっくりと目を開いて、琴音に微笑みかけた。
「ありがとう、琴音さん。あとは私がやる」
そう言うと、幻十郎の身体の光が強さを増した。
「あっ、熱い!」
白蛇と一体化している久葉が悲鳴をあげると、白蛇はとぐろを緩めて、幻十郎を解放した。
「離れていてくれ」
琴音にそう言うと、幻十郎は永井軍曹の許まで歩いていった。気絶している永井軍曹の傍に落ちていた妖刀を拾いあげる。それは根本から折れているのだが……。
「ちょっと借りるぞ」
幻十郎は、折れて無くなっている刀身に手のひらを添わせた。たちまち、炎が刀身となった。
(凄い……)
琴音は陶然たる面持ちで見守るだけだ。
あの灼熱の炎ならば、この村の忌まわしき因習を燃やし尽くしてくれるはず……。
幻十郎は振り返って、久葉に問うのだった。
「なぜ、おまえは力を求めるのだ?」
「はあ? 力があれば、何でも思い通りになるからや!」
久葉は狂気じみた笑い方をした。
「この神にも等しい式神とともに、帝都に侵攻するんや! 帝を旧都にお連れするためにな!」
「何故だ?」
「泉家一門のなかで、我らの先祖は九百年前、京を追放された〝はぐれ陰陽師〟やったんや。おかげで、こんな陰気な村に住み着くようになってもうた。その積年の恨みを晴らすための式神や! 私が旧都を新たな帝都にする! 華やぎを取り返す! これこそが、最高の復讐や!」
「そうか……」
幻十郎は、静かに炎刀を構えた。
「安心した。おまえは正真正銘の屑だ。躊躇なく倒せる」
「何やと!」
幻十郎は、白蛇の式神より早く動いた。
炎刀で斬りつけると、すぐさま炎が白蛇の全身に広がった。その強力な炎は、久葉をも燃やしていく。
「ぎゃああああああ! 熱い、熱い、熱い! あつぅ……」
絶叫のあと、久葉の声は掻き消えた。
白蛇は黒煙となって天に昇っていったが、黒焦げになった久葉だけは、底なしの蛇淵沼に落ちた。
そして、ゆっくりと地獄へ堕ちていった。
(よかった……。これでようやく……)
白蛇に縫い留められていた乙女たちの魂は、ようやく解放されたのだ。
琴音はほっとして、大きく息を吐きだした。
それから由松に駆け寄って、縄を解いていると。
炎刀を捨てた幻十郎が近づいてきた。優しい微笑みを浮かべて……。
「八神さま!」
「無事でよかった……!」
「助けてくださって、ありがとうございます……」
そこまで言って、琴音は「あ!」と叫んだ。
「能登さまが! さっき沼に……!」
「あいつなら大丈夫さ。ほら……」
幻十郎の視線をたどると、能登は沼のほとりに寝かされていて、傍らに香世がいた。
琴音は、由松を背負ってくれた幻十郎といっしょに、香世たちの許へ行った。
「この方は気を失っているだけで無事です。すぐに引き上げましたので……」
二人が礼を言うと、香世はうなだれた。
「父と兄は、永遠に沼の底ですが、因果応報というものでしょう」
香世は、家族を三人も失った。妹の沙世まで……。
琴音も養父や使用人を失ったが、何の感情も湧きはしない。
(わたしは冷たい人間なのだわ)
「おーい、無事か!?」
そこへ警察官たちがやってきて、能登や成田曹長ら負傷者を運び、由松も保護してくれた。
「事情を聞かせてくれへんか。署まで来てもらうで」
香世は抵抗しなかった。幻十郎が渡した上着を羽織り、大人しく警察官に連行されていった。
引き続き、遺体の検視が行われ、幻十郎と琴音も立ち会った。気遣った幻十郎に「離れていたまえ」と言われたが、琴音は頑なだった。
自分に対する愛もなく、あっさりと蛇神に差し出した養父と、盲目的に養父に従うだけだった使用人たち。
背を向けていいはずだが、涼風家の人間としての責任がそうさせるのか、琴音は検視を見守り、手も合わせた。
蛇淵沼に沈んでしまった泉葉蔵と久葉については、引き上げるのが不可能であり、そのままにするしかなかろう、との結論に至った。

