凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

「ずいぶん霧が出てきよったな……。凶星の仕業か?」

 葉蔵の目には、大量の霧が見えているだろう。酩酊状態の葉蔵には効果が上がる。
 さらに幻十郎は、葉太の姿に〝変化〟し、葉蔵の前に姿を見せた。

「お……葉太! 葉太やないか! 帰ってきたんか!」

 葉蔵は相好を崩した。
 葉太とは対面で話してきたばかりだ。その姿は網膜にしっかりと焼き付けてある。たとえ肉親だろうと、違和感を覚えることのない〝変化〟であった。

「葉太! おまえが帰ってきてくれたらな……」

 無防備になっていた葉蔵は、すばやく駆け寄った能登に木刀でみぞおちを突かれ、気絶した。能登は続けざまに久葉を打ち据(す)えようとしたが、かわされてしまった。

「ちっ」

 能登は舌打ちした。

「香世!」

 黒い翼を広げて飛んできた香世に捕まって、久葉は白蛇の頭部に飛び移った。
 さらに下半身を白蛇の頭に沈み込ませる。自らの呪力を直接注ぎこむつもりのようだ。

「ちょろちょろしおって、軍人ども!」

 久葉は手で印を結び、白蛇を操った。

「この老いぼれがあ!」

 白蛇は、その長い尾で葉蔵を弾き飛ばし、蛇淵沼に落とした。葉蔵の体はゆっくりと沈んでいく。

 久葉によって呪力を解放された白蛇の咆哮(ほうこう)が、森に響きわたる。
 どれほどの数の乙女を血肉としてきたのか。九百年にもわたって強化されつづけた式神は、もはや神にも近しい存在になっていた。

「能登! 逃げろ!」

〝変化〟を解いた幻十郎の叫びむなしく、能登もまた、長い尾で弾き飛ばされた。
 蛇淵沼に落とされ、苦しげにもがいている能登の姿が見えて、幻十郎は我を失った。

「貴様ぁ!」

 同時に十数個もの狐火を出し、白蛇の巨体に投げつけた。

「効かんわ!」

 狐火は白蛇の皮膚を焦がすことすらできなかった。逆に鋭い牙で喉元を噛みつかれ、動きが止まったところを、長いとぐろで巻きつかれた。

「八神さま!」

 全身の骨が軋む音にまじって、自分を呼ぶ声がした。

(琴音さん……)

 幻十郎と琴音の視線が絡みあう。
 琴音は、幻十郎の名を何度も叫び、涙を流している。

(すまない、琴音さん。君だけは助けたかった……)

 幻十郎は、意識が遠のくのを感じた――。