凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

「それだけでも久葉は異常やったが、嫁が死んでからはさらに狂気に憑(と)りつかれたようになってな。禁断の生成方法に手を出しよった。人間を式神にするという、まさに外法(げほう)……!」

 幻十郎はすぐさま言った。

「涼風家の車夫が式神にされていたが……」
「栄八やな。あまりに哀れな男やで。久葉の操り人形にされて……」

 幻十郎は、「栄八は私が倒した」と言いかけて口をつぐんだ。
 もはや死人も同然だったとはいえ、やりきれなさは拭えない。心の奥に罪悪感も残っている。

「栄八だけやない。久葉は一線を越えよった。年の離れた妹たちまで式神に……」
「何だと!?」

 驚きのあまり声を荒げた幻十郎は、こみ上げてきた怒りのために目が眩(くら)んできた。

「香世と沙世は、まだ尋常小学校に入学したばっかりやった。まさに鬼畜の所業や……。もう、糞親父ではどないにもならんくらい、久葉は化け物になってしもうた」

 視線を宙に彷徨(さまよ)わせ、歯をガタガタ鳴らしながら話す葉太からは、先程までの飄々(ひょうひょう)とした態度は消え失せている。気のせいか、体が一回り小さくなったようにも見える。

「次は、俺たちが式神にされてまう……! せやから逃げたんや!」

 葉太は土地勘のない遠方に逃げ込むより、今なお雑多な人々でごった返す旧都にまぎれることを選んだらしい。

「葉一はどうした?」
「旧都で別れた。生きとるんか、死んどるんかもわからへん」
「そうか……」
「もう、この辺で勘弁してくれへんやろか?」

 葉太がお伺いを立てるが、幻十郎は譲らない。

「駄目だ。時間がない。おまえが知っていることを洗いざらい話せ」
「時間がない……とは?」
「今夜、蛇神に新たな生贄が捧げられようとしている。それを食い止めたいのだ」
「生贄は……誰なんや?」

 葉太に問われて、幻十郎は琴音を思い起こした。

 桜町の徒名池での逢瀬が、脳裏にまざまざと浮かび、眩い光とともに流れていく。
 幻十郎の心に刻まれた記憶なのか、不吉な箒星が見せてきた幻影なのか。判然としないが、そんなことはどうでも良かった。

 別れぎわに見せた琴音の微笑に、胸が軋(きし)んだ。


 ――八神さま。ここでお別れです。


 どのような心持ちでそう言って、自転車に乗ったのか。どれほどの感情を押し殺して、幻十郎の許(もと)から去っていったのか……。

(走っていって、琴音さんを止めるべきだった!)

 そうしなかった自分を激しく殴りつけたい衝動に駆られる。

「生贄は……涼風琴音さんだ」

 ようやく言葉を絞りだした幻十郎が放つ妖気と殺気にあてられたか、葉太は微動だにしない。

「すべてを話せ。特に知りたいのは……久葉と蛇神の関係だ。久葉のような邪悪な者が、何故、蛇神と意志疎通できているんだ?」
「…………」

 押し黙ったままの葉太に、幻十郎は射すくめるような眼差しを向ける。

「報復を恐れているなら安心しろ。今夜、特務部隊が久葉を拘束する。父親の葉蔵もだ。泉家は崩壊するだろう。泉家と癒着のある者、言いなりだった者も報いを受けることになる」
「……それは無理や。あんたは泉家と蛇ノ目村の血塗られた歴史を知らんやろ。すべては徒労に終わるで」

 葉太は独り言のように呟いたが、幻十郎は揺るがない。

「今夜、ハレー彗星がやってくるんだ。悪人どもと忌まわしき因習を焼き払ってくれるさ」


   ◆


 結局、泉葉太は折れた。
 特務部隊および警察の取り調べに素直に応じる、と確約したのだ。

 幻十郎は船木刑事に許可をとって、能登も取調室に入れた。二人で聞き取りをして調書もとった。

「よし! 蛇ノ目村に踏み込める材料は揃った!」

 幻十郎たち特務部隊一行は、すぐさま桜町の屯所に引き返した。
 軍馬を乗り換え、さらに永井軍曹と榎本軍曹も加えた六人で、蛇ノ目村に向かう。

 村の東側の入口――蛇皮川にかかる橋にたどり着いたときにはもう、夕陽が山の稜線に隠れようとしていた。
 橋の近くに馬を止め、幻十郎の狐火を頼りに、地図を確認しながら話し合う。

「蛇ヶ森に着いたら、馬を降りて奥に進む。そこに蛇淵沼がある。琴音さんと、おそらく久葉も……」

 言いかけて、幻十郎は空を見た。

「私の狐火だ……」

 幻十郎の視線をたどって、皆も空を見上げる。陽光を失い、蒼(あお)くなっている空に、微かな光が打ち上がったのが見えた。
 そして、その光はみるみる、幻十郎たちに近づいてきて……。ついには、地図を照らしていた狐火と合体した。

「琴音さんにお守りとして渡した小瓶に、狐火を入れておいたんだ。蓋をあけたということは、琴音さんの身が危うい。火が打ち上がった方角……こちらに戻ってくるのに掛かった時間から割り出すと……やはり琴音さんは蛇淵沼にいる」
「急ごう!」

 能登が促して、六人全員が騎乗すると、幻十郎が叫んだ。

「村に入ったことがあるおまえたちが先導してくれ!」
「承知しました!」

 成田曹長を先頭に、六人は縦一列になって馬を走らせた。
 橋を渡り、異様なまでに規則正しく並んだ田圃を縫うようにして、畦道を突き進む。