取調室の中は意外と広かったが、西洋式の机と椅子だけが中央に配されており、言いようのない居心地の悪さがある。
こんなところで強面の刑事に詰問されれば、どんな知能犯でも白を切り通すのは難しいだろう。
しかし、ひとりで中に入っていった幻十郎を待ち構えていた泉葉太は、落ち着き払った様子で座っていた。
派手な柄の入った着物を着崩していて、なるほど、女に貢がせる才はありそうな遊び人の風体だ。船木が言うように、端正な顔立ちでもある。
「あんた、刑事ちゃうやろ」
向かいに座った幻十郎をまじまじと見ながら、葉太はすぐさま見破ってみせた。
幻十郎は執事の格好であるから、刑事に見えなくて当然ではあるが、葉太は決して見た目だけを評して言ったのではないはずだ。
そう思えるのは、葉太の眼差しが、異様なまでに鋭かった所為でもある。人を値踏みして生きてきたからか、あるいは泉家の血筋によるものか……。
(こいつに嘘は通用しないだろうな)
幻十郎は喉の渇きを覚えた。
とにかく、この男に呑まれてはならぬ。
「いかにも、私は警察の人間ではない。陸軍の者だ」
「陸軍か……。帝都訛りやな」
あくまで柔和な表情で、葉太は指摘してみせる。
「名前は?」
「…………」
「それぐらい教えてーや。なんて呼んだらええか、わからんやろ?」
菊地、と言いかけてやめた。
「八神中尉だ」
「あんた、あやかしやろ? 八神中尉殿」
「――っ!」
(やはり、こいつは侮れぬ)
冷静さを保とうとするが、焦りばかりがつのる。
「そんなに怖い顔せんでええで。俺は神職の家系に生まれたからな。その辺の勘はええんや。八神中尉殿は半妖――妖狐やろね。どないでっか? 俺の見立ては……」
「いい加減にしろ!」
激情にかられ、幻十郎は立ち上がって、葉太の胸倉をつかんだ。
「舐めた口をきくな! 質問するのは私だ!」
手荒な真似はするな、と船木に言われたのを思い出し、幻十郎は我に返った。
「まあまあ、そないに熱くならんと……。ただの雑談ですやんか」
柔和な表情を崩さない葉太にまだ苛つきつつも、幻十郎は手をはなした。
椅子に座り直し、呼吸を整えてから、
「すまない。取り乱した……」
と詫びる。
侠客とつるんで金を稼ぐような小悪党ではあるが、特務部隊にとっては重要な証言者だ。
それに……琴音を執拗に狙う久葉の兄とはいえ、もはや泉家とは縁が切れている。
「……帝都の陸軍には、悪しきあやかしを始末する部隊があるんやってな。そこは人間に害のないあやかしも登用しとるらしいが……。八神中尉殿も、そういう事情で陸軍におるんやろ?」
「そこまでわかるなら、俺の聞きたいこともわかるはずだ。蛇ノ目村について話を聞かせてもらいたい」
「蛇ノ目村か……」
遠い目をする葉太の表情が、みるみる曇っていく。
「およそ十年前、おまえと長男の葉一が、そろって村を出たという情報は掴んでいる。理由は何だ? 泉家の次期当主の座を、何故みすみす捨てた?」
「兄貴も、俺も、当主の器じゃなかった……っちゅうところやな」
葉太の口元に、自虐の笑みが浮かぶ。
「神職の家系いうても、兄貴と俺は呪力を操る才に恵まれんかった。精々、あやかしを知覚できる程度や。せやけど、弟だけは別格やった」
「久葉だな」
「あいつは天才や。子どもの頃から、あいつの呪術は別格やった。そやから親父は久葉だけを可愛がったし、蛇淵沼の蛇神にも会わせたんや」
「つまりは、父親に冷遇されたことが出奔の原因か?」
幻十郎の脳裏に、同じく父親と衝突して出奔した兄・啓治の顔が思い浮かぶ。啓治はどこまでも生真面目で、女に貢がせることもなければ、やさぐれて小悪党に成り下がることもなかったのだが。
「それも理由の一つではあるんやが……決定打ではないわ。母親はやさしかったしな。まあ、その母親も、妹の香世・沙世を産んですぐに死んでもうたけど……。それであの糞親父は酒に溺れるようになったわ」
葉太は、忌々しげに吐き捨てた。
泉家の末子の香世・沙世は双子で、蛇好神社の巫女を任されているらしいのだが。
「そのうち久葉は、俺たちを差し置いて、妻を娶ることを許された。兄貴はいつまでも母親の死を嘆き悲しんどったし、俺は桜町の女郎に入れあげとって、嫁を迎える心構えがなかったから当然やけどな」
心のどこかで、俺たちは子孫を残すことに抵抗があったのかもしれん……と葉太は付け加えた。
「久葉は気立てのいい花嫁を迎えて幸せそうやったけど、すぐに結核で死んでもうた。そこからや、久葉が変わったのは……」
葉太の整った顔が、恐怖に歪む。声も震えてきた。
「泉家は神職の家系やけど、裏の顔があるんや」
「陰陽師だろう? 式神を生成することもできるようだが」
幻十郎が口を挟むと、葉太はうなずいた。
「久葉は、無から式神を生成する方法はとらんかった。最初は野犬やら烏やら動物を捕まえてきては、式神に造り替えとった。次第にそれでは飽き足らんようになって、元より呪力をもつあやかしを土台にすればええやろって……。おかげで、蛇ノ目村一帯からは、あやかしが消えてしまうほどやった」
「それほどまでに……?」
桜町であやかしの姿をまるで目にしなかったのが、これで腑に落ちた。
こんなところで強面の刑事に詰問されれば、どんな知能犯でも白を切り通すのは難しいだろう。
しかし、ひとりで中に入っていった幻十郎を待ち構えていた泉葉太は、落ち着き払った様子で座っていた。
派手な柄の入った着物を着崩していて、なるほど、女に貢がせる才はありそうな遊び人の風体だ。船木が言うように、端正な顔立ちでもある。
「あんた、刑事ちゃうやろ」
向かいに座った幻十郎をまじまじと見ながら、葉太はすぐさま見破ってみせた。
幻十郎は執事の格好であるから、刑事に見えなくて当然ではあるが、葉太は決して見た目だけを評して言ったのではないはずだ。
そう思えるのは、葉太の眼差しが、異様なまでに鋭かった所為でもある。人を値踏みして生きてきたからか、あるいは泉家の血筋によるものか……。
(こいつに嘘は通用しないだろうな)
幻十郎は喉の渇きを覚えた。
とにかく、この男に呑まれてはならぬ。
「いかにも、私は警察の人間ではない。陸軍の者だ」
「陸軍か……。帝都訛りやな」
あくまで柔和な表情で、葉太は指摘してみせる。
「名前は?」
「…………」
「それぐらい教えてーや。なんて呼んだらええか、わからんやろ?」
菊地、と言いかけてやめた。
「八神中尉だ」
「あんた、あやかしやろ? 八神中尉殿」
「――っ!」
(やはり、こいつは侮れぬ)
冷静さを保とうとするが、焦りばかりがつのる。
「そんなに怖い顔せんでええで。俺は神職の家系に生まれたからな。その辺の勘はええんや。八神中尉殿は半妖――妖狐やろね。どないでっか? 俺の見立ては……」
「いい加減にしろ!」
激情にかられ、幻十郎は立ち上がって、葉太の胸倉をつかんだ。
「舐めた口をきくな! 質問するのは私だ!」
手荒な真似はするな、と船木に言われたのを思い出し、幻十郎は我に返った。
「まあまあ、そないに熱くならんと……。ただの雑談ですやんか」
柔和な表情を崩さない葉太にまだ苛つきつつも、幻十郎は手をはなした。
椅子に座り直し、呼吸を整えてから、
「すまない。取り乱した……」
と詫びる。
侠客とつるんで金を稼ぐような小悪党ではあるが、特務部隊にとっては重要な証言者だ。
それに……琴音を執拗に狙う久葉の兄とはいえ、もはや泉家とは縁が切れている。
「……帝都の陸軍には、悪しきあやかしを始末する部隊があるんやってな。そこは人間に害のないあやかしも登用しとるらしいが……。八神中尉殿も、そういう事情で陸軍におるんやろ?」
「そこまでわかるなら、俺の聞きたいこともわかるはずだ。蛇ノ目村について話を聞かせてもらいたい」
「蛇ノ目村か……」
遠い目をする葉太の表情が、みるみる曇っていく。
「およそ十年前、おまえと長男の葉一が、そろって村を出たという情報は掴んでいる。理由は何だ? 泉家の次期当主の座を、何故みすみす捨てた?」
「兄貴も、俺も、当主の器じゃなかった……っちゅうところやな」
葉太の口元に、自虐の笑みが浮かぶ。
「神職の家系いうても、兄貴と俺は呪力を操る才に恵まれんかった。精々、あやかしを知覚できる程度や。せやけど、弟だけは別格やった」
「久葉だな」
「あいつは天才や。子どもの頃から、あいつの呪術は別格やった。そやから親父は久葉だけを可愛がったし、蛇淵沼の蛇神にも会わせたんや」
「つまりは、父親に冷遇されたことが出奔の原因か?」
幻十郎の脳裏に、同じく父親と衝突して出奔した兄・啓治の顔が思い浮かぶ。啓治はどこまでも生真面目で、女に貢がせることもなければ、やさぐれて小悪党に成り下がることもなかったのだが。
「それも理由の一つではあるんやが……決定打ではないわ。母親はやさしかったしな。まあ、その母親も、妹の香世・沙世を産んですぐに死んでもうたけど……。それであの糞親父は酒に溺れるようになったわ」
葉太は、忌々しげに吐き捨てた。
泉家の末子の香世・沙世は双子で、蛇好神社の巫女を任されているらしいのだが。
「そのうち久葉は、俺たちを差し置いて、妻を娶ることを許された。兄貴はいつまでも母親の死を嘆き悲しんどったし、俺は桜町の女郎に入れあげとって、嫁を迎える心構えがなかったから当然やけどな」
心のどこかで、俺たちは子孫を残すことに抵抗があったのかもしれん……と葉太は付け加えた。
「久葉は気立てのいい花嫁を迎えて幸せそうやったけど、すぐに結核で死んでもうた。そこからや、久葉が変わったのは……」
葉太の整った顔が、恐怖に歪む。声も震えてきた。
「泉家は神職の家系やけど、裏の顔があるんや」
「陰陽師だろう? 式神を生成することもできるようだが」
幻十郎が口を挟むと、葉太はうなずいた。
「久葉は、無から式神を生成する方法はとらんかった。最初は野犬やら烏やら動物を捕まえてきては、式神に造り替えとった。次第にそれでは飽き足らんようになって、元より呪力をもつあやかしを土台にすればええやろって……。おかげで、蛇ノ目村一帯からは、あやかしが消えてしまうほどやった」
「それほどまでに……?」
桜町であやかしの姿をまるで目にしなかったのが、これで腑に落ちた。

