凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

「泉葉蔵の次男で間違いないのだな?」

 旧都の中心街を管轄する警察署に到着した幻十郎は、直立不動で出迎えた成田曹長に念押しした。

「間違いありません。偽名を使用していましたが、泉葉太であると確認がとれました」

 代わりに返事したのは、部下の飯島軍曹だ。

「よし! そいつから証言を得られれば、蛇ノ目村に踏み込めるぞ」

 幻十郎とともに、桜町から軍馬を飛ばしてきた能登が気持ちを昂(たかぶ)らせる。

 朝十時に桜町を発ち、馬に無理をさせて昼前には旧都に入っていた。永井軍曹たちは桜町の屯所に待機させている。
 移動に慣れている幻十郎たちも、さすがに疲労の色は隠せない。

「お疲れでしょう? 休憩室を借りてありますので……」

 成田曹長が気遣いを見せたが、幻十郎は苛立たしげに首を振った。

「時間がない! すぐに葉太から話を聞きたい」
「わ、わかりました! では、取調室に……」

 慌てて案内する成田曹長の後に、幻十郎たちが続く。

 旧都の警察署は騒がしく、じっとり汗ばむような緊張感もある。食い逃げや寸借詐欺から、恨みや金目当てで殺人を犯した者までないまぜに留置されているとなれば、悪意の吹き溜まりともなろう。

 桜町ではまるで見かけなかったあやかしたちが、人間の悪意に引き寄せられたか、署内をうろついている。
 悪しきあやかしではないので、何か悪さをするでもない。ただただ好奇心から寄り集まっているのだ。
 その証拠に、成田曹長と飯島軍曹が腰に佩(は)いた妖刀は反応せぬ。

【取調室】と札のかかった部屋の前で待ち構えていたのは、中年の刑事だった。

「待っとったで」

 船木(ふなき)と名乗った刑事は、幻十郎が自らも名乗ろうとするのを手で制した。そして、ちらりと部屋の引き戸に目線を送る。
 中に泉葉太がいる、との合図だとわかった。

「こっちで話そうや」

 廊下の一番奥へと移動すると、幻十郎は声を落として名乗った。もちろん本名だ。

「葉太と話をさせてもらえますか?」

 幻十郎の申し出に、船木は「ええよ」と即答した。成田曹長から話が通っていて、ある程度、事情をわかってくれているらしい。

「そやけど、八神中尉。あんたひとりだけで頼むで。あんまり奴を刺激して、口が堅くなっても困るしな。こっちの捜査に障(さわ)りが出る」

 後ろに控えている能登たちを見やりながら、船木が眉間にしわを寄せる。

「わかりました。私ひとりで話しますので」

 能登が何か言いたげな視線を送ってきたが、幻十郎は無視した。ここで無理を通して、船木の機嫌を損ねたくはない。

「葉太の容疑は何ですか?」

 幻十郎が訊くと、船木はくたびれた着物のほつれ糸をいじくりながら教えてくれた。

「賭博(とばく)に関わった罪や」
「賭博……ですか」
「いうても客やのうて、賭場(とば)をひらく側や」
「なるほど」
「奴は役者顔の色男やからな。女のヒモになったりで、食うには困ってなかったみたいやけどな。まあ口が上手いし、なんというか人たらしなんやろう。侠客(きょうかく)にも気に入られとって、実入りのいい仕事を振られとったらしい。金持ちを丸め込んで、賭場に引き込む役目も、その一つや」

 言い終えると、船木はにんまりした。

「せやから奴の証言次第で、侠客の大物どもを一網打尽にできるかもしれんのや。それは頭に入れとってほしいんよ」
「承知しました。そちらに迷惑はおかけしません」

 幻十郎が早口で言い切ると、船木はうなずいて、
「随分と急いどるようやけど、そっちが興味あるのは蛇ノ目村の話やてな?」
 と探りを入れてきた。

「ええ」
「葉太が、あの泉家の人間やというのは知っとるで。なんで出奔して、こないに落ちぶれとんのか、個人的には気になるが……。まあ、こっちの捜査には関係ないしな」

 幻十郎が知りたいのは、まさにそこだ。長男と次男が村を出たために、三男の久葉が次期当主となったのだ。

(何か裏があるのではないか……?)

 そう思えて仕方がない。

「腐っても泉家やから、手荒な真似はできんで。それはわかっとるやろうけどな」

 船木は釘を刺すのを忘れなかった。