凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

「物乞いは頻繁に場所を変えるからな。探すのに難儀するかと思ったが、袋叩きにされて怪我したらしくてな。ここ数日は同じ場所から動いていなかったんだ」
「どこだ、そこは?」
「町の北東にある廃寺だ。屯所に連れていって、怪我の具合を先生に診てもらおうと思ったが、暗すぎて何も見えん。カンテラを取りに帰ったんだが、おまえが戻ってたのは都合がいい。一緒に行ってくれるか?」
「もちろんだ」

 幻十郎は立ち上がった。


 なるほど廃寺はおそろしく暗かった。三日月の明かりだけでは心許ない。
 そこで、幻十郎の狐火で周囲を照らしながら境内を散策する。

「誰かに見られたらまずいぞ」

 幻十郎が心配げに言うが、能登は能天気に笑った。

「ここは幽霊が出るって噂されてる。見られたとて、人魂だと思われるだけさ。あと、外じゃ、おまえは執事の菊地だからな。忘れんなよ」
「はい、承知しました。国吉さま」

 幻十郎は、宿に戻ったら能登を殴りつけてやろうと心に決めた。

「あっ、いたぞ!」

 御堂の縁の下を覗きこんだ能登が叫んだ。
 二人の物乞いが眠っていたが、片割れの頭髪は白い。おそらく彼女が、探していた老婆――みさをだろう。

 幻十郎が狐火を消すと、能登はカンテラに明かりを灯して声をかける。

「婆さん。あんた、みさをだろ?」
「……みさをさんは怪我しとって動かれへん」

 眩しそうに目を細めて、訝しげに答えたのは、隣で眠っていた中年女だ。

「ああ、話は聞いてるよ。私は旅の者だが、困ってる人は見捨てておけん性質(たち)だ」

 これで何か食べろ、と小銭を能登が渡すと、中年女の警戒心は緩んだようだ。口も滑らかになった。
 やゑと名乗った女は、みさをと馬が合って行動を共にしているらしい。

「みさをさんは痴呆でな。目を離したすきに蛇ノ目村に迷い込んでもうたんよ。あそこは陰気な村やからね。可哀想に、袋叩きになって大怪我して帰ってきてなぁ。医者に診せようにも金はないし……」

 みさをは、うんうん唸って苦しそうにしている。

「私にまかせろ。婆さん、しっかりしろ。医者に診せてやるからな。おい、菊地。婆さんを運ぶぞ」
「さっきから婆さん、婆さんて。みさをさんは私とそんなに変わらんで。五十は超えてないはずや」
「嘘だろ!? その割には……」

 能登が驚きの声をあげ、幻十郎もまじまじと見てしまった。
 みさをの頭髪は真っ白で、肌も老いがそのまま現れているのだが。

「ほんまや。それだけ苦労してきたんちゃうかな。痴呆ゆうても、時折、正気に戻るんやけどな。どうも昔は、蛇ノ目村に住んでたらしいわ」

 幻十郎と能登の二人掛かりで、みさをを縁の下から出して、屯所まで運んだ。


「どうですか、先生?」

 さっきまで幻十郎が寝ていた医務室のベッドに、みさをは臥(ふ)している。崩れ去りそうなほどにぼろぼろの着物をまとった身体は、垢だらけでかなり臭う。
 それでも軍医は嫌な顔ひとつせず診察してくれたが、幻十郎の問いには沈痛な面持ちで首を振った。

「頭をしたたか打っとるからな。今までようもったわ」
「そうですか……」
「危篤状態や。もう手の施しようもない。せめて看取ってやれ」

 そう言い置いて、軍医は出ていった。
 みさをは鎮痛剤を打ってもらって、いまは眠っている。このまま苦しむことなく……というのが幻十郎たちの想いだ。

「八神。俺が見ておくから、おまえは宿に帰って休め」
「いや、私はいい。ぐっすり眠ったから、目が冴えて仕方ないんだ。おまえが宿に戻ってろ。食事もしてないんだろう?」
「……じゃあ、そうさせてもらうかな。夜明け前にはまた来るから」

 能登が伸びをしながら出ていくと、しばらくして若い女がやってきた。
 軍医が手配した助手だった。みさをの身体を綺麗に拭いてやり、着物も清潔なものに着替えさせてくれた。

 それからは、みさをと幻十郎の二人だけになった。
 やがて幻十郎はうとうとしかけたが、みさをの目が開いていることに気づいた。

「みさをさん」

 声をかけると、みさをは傍らに腰かけている幻十郎を見やった。

「……あの、ここはどこでしょうか……?」

 やゑが言っていたとおりだ。見かけよりもずいぶんと声は若い。しかも瞳に光が宿っている。

(時折、正気に戻るらしいが……)