凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

「お、おお……」

 目を開けた松之助は呻(うめ)いた。瞬く間に、この大人数が蛇好神社から蛇ヶ森まで飛ばされたのだ。

「行きましょか」

 久葉を先頭に、一行は鬱蒼とした森を進んでいく。本来なら、立ち入ることを許されぬ禁断の森だ。
 しばらくして開けたところに出た。そこには底なし沼の蛇淵沼があった。

「これが……蛇淵沼か……」

 想像よりも大きく、禍々しい沼に松之助は圧倒された。ここに神が眠っているとは思えぬのだが。

 久葉と式神二人は、目をつむって祝詞を捧げ始める。

「な、なんや、あれは……!?」

 蛇淵沼の中央を指さして叫んだのは、村長だ。見れば、どす黒い水が眩い光を放っている。
 その光を突き抜けるようにして、巨大な影が、沼から姿を現した。三十尺(約十メートル)は優に超えている。

「うわぁ!」

 悲鳴とも喝采ともつかない声が上がった。
 光を纏(まと)った神々しい白蛇が、悠然と松之助たちを見下ろしている。

「へ、蛇神さま……だ……」

 それは山であり、空であり、海であった。当たり前のように、そこに在る。
 人間を包み込むような、大自然そのもの――。抗うことを許さず、ただ気まぐれに禍福(かふく)を与えてくる。

(神だ!)

 その場にいる者、皆が地面に膝をついた。畏れ多いのか、誰かが感動してすすり泣きしている。

 蛇神は鎌首をもたげていたが、いきなり清兵衛に向かっていった。
 一瞬の出来事だった。
 蛇神が舌なめずりしたときにはもう、清兵衛の上半身は無かった。

「うわああああ! 清兵衛が喰われたぁ!」

 若い小作人たちが恐怖に駆られて叫んだ。村長や地主たちも腰を抜かしている。
 蛇神は清兵衛の下半身を咥(くわ)えたが、吐き出して蛇淵沼に捨てた。

(どうなっているんだ!?)

 松之助も恐怖に身体を震わせる。

「狼狽えるな! 平伏しろ!」

 久葉の指示に、誰もがすぐに従った。松之助も同様に、額を地面に擦りつける。

「蛇神さまは、お怒りや! 村の秩序を乱した清兵衛は地獄に落とされたんや!」

 誰かが念仏を唱えはじめた。

「蛇神さまは、こうも仰っておられる。『凶星から村を守りたくば、早く贄を用意せよ』とな」

 久葉の託宣に、皆は半狂乱に「仰るとおりにいたします!」と叫んだ。

(恐怖が村を一枚岩にするのだ)

 松之助だけは、怯えつつもどこか冷静だった。少しだけ顔を上げ、しっかりと見ていたのだ。
 久葉が後ろ手に印を結んでいるのを――。