凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

 すると、社務所の扉が乱暴に開け放たれ、吹きこんだ風に燭台(しょくだい)の火が揺れる。
 荒々しい足音とともに、五人の男が入ってきた。

「な、なんや、おまえら!」

 村長たちが狼狽(うろた)えた声をあげ、腰を浮かせる。
 五人は、いずれも村の若い小作人だった。真ん中にいるのは、清兵衛だ。

「何のつもりだ? 大事な会合の最中だ。邪魔するな」

 松之助は清兵衛を睨みつけ、追い出そうとするが、清兵衛は一歩も引かない。

「神隠しのことを話し合ってるなら、もうやめてくれ」
「何だと?」
「生贄なんか時代遅れや言うてるんです!」
「はあ?」
「涼風さん。あんた、ほんまに自分の娘を蛇神さまに差し出すつもりなんか? それで平気とは信じられん」
「……おまえ、琴音に惚れてるのか?」
「なっ……」

 清兵衛は絶句した。

「ふん、図星のようだな。だが、もう遅い。蛇神さまが、贄として琴音をお選びになったのだからな」
「だから、それが時代遅れだというんだ! いつまでも人身御供にこだわってるのは、この村だけだ!」

 清兵衛が声を荒げると、他の四人も「そうや! 変えていくべきや!」と同調した。

(血気盛んなのは結構だが……若いな)

 松之助は肩をすくめた。
 蛇神への畏怖により、この村の秩序は保たれている。それを利用すればこそ、「家」の繁栄は約束されるのだ。

「おまえたち! 村の掟に従わんのなら、村八分やぞ! それをわかって言うとるんか!」

 村長が口角泡を飛ばして凄んでみせるが、清兵衛たちの決意は固い。

「まあまあ、村長さん。村八分とは穏やかやありまへんなぁ」

 それまで無言を貫いていた久葉が、ようやく口を開いた。

「彼らは、これからの蛇ノ目村を背負(しょ)って立つ、大切な若者や。そう簡単に村八分とか、言うたらあかんわ」
「はあ……」

 村長は小さな体をさらに縮めた。それこそ蛇に睨まれた蛙のようだ。

「村長さんたちの世代は、当たり前のように蛇神さまを畏れ、敬ってはる。せやけど、若い世代の間では、そういった意識が薄れてきたんやろう。それも時代の流れや。仕方ありまへん」
「しかし、それでは……」

 思わず、松之助が口を挟む。

「これはいい機会や。皆さんに、その目で蛇神さまの御姿を見てもらいましょうか」
「なっ……!? こいつらを禁足地に入れるのですか!?」

 松之助は肩を跳ねあがらせたが、久葉は落ち着き払ったままだ。

「この場にいる皆さん、全員ですわ。もちろん、涼風さん、あんたもや」
「えっ……?」

 思わぬ言葉に固まったのは、松之助だけではない。困惑と緊張は、その場にいる者すべてに広がった。

「わしらも……?」
「葉蔵さんも、その前の神主さんも、禁足地には絶対に入れてくれんかったが……」

 村の有力者たちが顔を見合わせるのをよそに、久葉は傍らに控えていた双子の妹に告げた。

「香世、沙世。準備を」
「承知しました」

 二人は声を合わせて返事すると、流れるような所作で立ち上がった。

「それでは皆さまには、身を清めていただきます」

 香世が言うと、沙世も続けた。

「御神水を浸した布で全身を拭(ぬぐ)ったあと、私たちの祈祷を受けていただくことになります。では、こちらへ」

 まるで二人で一人のような話し方をする。双子だから……というだけではない。
 香世と沙世もまた、久葉によって式神に造り替えられた、哀れな娘たちだ。この事実も、松之助を含めた村の有力者しか知らぬ。

 久葉を除いて全員、二人の案内で神社の裏手へと回り、身を清めた。

(久葉め、どういうつもりなのだ……?)

 松之助は、若い小作人まで禁足地に入れることの真意をはかりかねていた。
 祈祷が終わると、髪を結って狩衣姿になった久葉がやってきた。

「終わりましたかな? ほな、蛇ヶ森まで移動したいんやが、この大人数では目立ちますからな。香世と沙世の力を使いますわ」

 久葉がうなずくと、香世と沙世は無表情のまま巫女装束を脱ぎはじめた。

「な、なにを……!?」

 乙女の柔肌が露わになると、清兵衛たちは慌てふためいた。だが、美しい全裸に目を奪われたのはほんの一瞬だった。
 香世の背に黒い翼が、沙世の背に白い翼が生えたのだ。

 松之助も、二人の〝真の姿〟を目の当たりにするのは初めてだ。

「私たちは、兄さまに式神にしていただきました。私、香世は烏(からす)の式神と合体しております」
「私、沙世は白鳥の式神と合体しております」

(悪趣味な外道め……)

 嫌悪を覚えつつも、松之助の口元には嗜虐(しぎゃく)的な笑みが浮かぶ。
 呆然としている清兵衛たちには構わず、香世と沙世は手をつないだ。

「私たちの転移の異能で、皆さまを蛇ヶ森まで飛ばします」
「円になって、手をつないでください」

 全員、言われるままにした。久葉は円の内側にいて、手で印を結び、何やら呪文を唱えている。
 刹那、目の前が真っ白になった。