凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

 泉家は西国一円に「家」を構える由緒正しき一族だが、とりわけ九百年以上も昔に蛇ノ目村にやってきた泉家は異質であった。蛇神をお祀りするための蛇好神社の創建に関わった神職の家系である。

 しかも只の神主ではない。呪力を自在に操る陰陽師の家系でもあり、その神髄は代々受け継がれてきた。久葉には二人の兄がいたが、呪力を操る才はなく、父の葉蔵に冷遇されて出奔したと聞く。久葉だけは父をも凌ぐ才を開花させた。蛇神と意志疎通を図り、式神すら生み出せる。

 久葉の陰陽師としての顔を知る者は松之助以下、この場にいる村の有力者だけである。

 以前、久葉には溺愛していた妻がいたが、第一子を流産してそのまま死んでしまった。そのときの久葉の嘆きようは、冷淡な松之助ですら同情の念を禁じ得なかったほどだ。

「まあ、皆さんが危惧されるのも尤(もっと)もなことですわ」

 久葉は長く伸ばしている髪をかき上げ、端正な顔に憂いを滲(にじ)ませた。

「私の式神を倒しよったんは、ただの軍人でも警官でもない。……妖狐や」

 久葉の言葉に、一同がざわめく。

「妖狐って……狐の化け物ですやろ!? なんでそんなもんが……」

 村長が素(す)っ頓狂(とんきょう)な声を出すと、久葉は記憶をたどるように目を閉じた。

「いや、おそらく半妖や。見た目は人間と変わらんかった。妖力も大したことなかったんやが、なんせこっちは神社から操ってますやろ。距離が遠すぎた。式神本来の能力を出しきれんままやられた」
「その妖狐は、軍隊の手先……なんでしょうか?」

 松之助が訊くと、久葉は片目だけ開き、
「そうやろうね。一口にあやかし言うても色々ですわ。人間に与する者もおる」
 と言うと、左手を口元に添えて、人差し指を甘噛みした。久葉が思案するときの癖だ。

「陸軍には悪しきあやかし対策の部隊があると聞くが……。帝都を守るだけで手一杯のはずや。わざわざ西国まで出張ってきて、あやかしまで差し向けるとは……」

 それは松之助も気になるところだ。

「まさか奴ら、蛇神さまを悪しきあやかしとして始末するつもりじゃ……」

 松之助が口走ると、久葉は射すくめるような眼差しを向けてきた。

「そんな事させませんわ。蛇神さまは私らを守ってくださってる神や。あやかしなんかとは同列に語れやしまへん。たとえ帝であろうと、神殺しは許されんのや」
「あ、ああ……」

 気圧(けお)された松之助は、口をつぐむしかない。

 代わりに口を開いたのは村長だ。

「せやけど、軍隊が睨みをきかせとるうちは、神隠しはやめといたほうがよろしいで」

 これには地主たちが反発した。

「馬鹿いわんでください! 不吉な箒星が近づいとるのに! 村の者はみんな怯えきっとる」
「せやせや。音吉(おときち)んとこの婆さんなんか、『この世の終わりや』いうて首を吊りかけたんやからな」
「わしも怖いわ。見ただけで魂を持っていかれるんやろ」
「蛇神さまにおすがりするしかないで。この村だけは守っていただかんと……」

 堰(せき)を切ったように口々に話しはじめ、収拾がつかなくなると、久葉が手で制した。とたんに静まり、皆は久葉を見つめる。

「凶星が最も近づくのは二十日の夜。私はすでに蛇神さまのお声を伺っとる。『二十日までに贄を用意せよ』とのお達しや」

 一同に緊張が走るなか、久葉は松之助を見据えた。

「涼風さん。琴音さんを差し出してもらえるやろか」

 松之助に迷いはなかった。

「わかりました。蛇神さまのご意思とあらば……。琴音は寝込んでますが、十八日の月曜日には学校に行かせますので……」
「よう決心しはりましたわ。では、その日の帰り道、琴音さんは神隠しに遭う……ということで」

 久葉の託宣(たくせん)により、一同から拍手が起こった。

「よかった! これで村は守られる!」
「ほんま松之助さんには感謝や」
「涼風家は末永く安泰ちゃいますやろか」

 松之助は頭を下げつつ、にんまりとした。これで自分に対して向けられていた「所詮はよそ者」という意識は綺麗さっぱり消え去るだろう。