凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

「夜明けに永井軍曹と榎本軍曹に村まで送らせよう。二人は妖刀持ちの隊員だから安心したまえ」
「ありがとう存じます」
「では、休憩室に案内しよう。能登の奴に任せると、話し込むだろうから……」

 そう言って、幻十郎はベッドから立ち上がろうとしたのだが。

「つぅ……」

 肩の傷が痛むのか、幻十郎は顔をしかめて体勢を崩した。

「あぶない!」

 慌てて琴音が抱き止める。ふたたび幻十郎と至近距離で目が合ったが、琴音は今度は目をそらさなかった。

「無理をしないでください。お医者さまもおっしゃっていたではありませんか。二、三日は静養が必要だと。横になっていてくださいませ」

 幻十郎の澄んだ瞳に、うっすら影が潜む。琴音は泣きたいような心地になった。半妖として生まれ、その眼に、どれほど過酷な現実を映しだしてきたのか。

「すまない……」

 素直に従った幻十郎は、ベッドに横になった。

「傷の痛みもあるが、妖力を使い果たしたからな。情けないが、本当に二、三日はまともに動けないかもしれん」
「ゆっくり静養なさってくださいませ。休憩室は、永井さまか榎本さまに案内していただきます」
「賢明だよ」

 幻十郎は愉快そうに笑った。


   ◆


 用意してもらった食事は喉を通らず、早々に休憩室の布団に潜り込んだ琴音だが……。
 いろんなことがありすぎて気が高ぶっており、なかなか寝付けない。
 それでも知らず知らずのうちに意識は深く沈みこみ、ようやく琴音は眠りに落ちた。

「……さん。……琴音さん!」

 だが、しばらくして男の声に眠りは妨げられた。
 目を開けると、暗闇のなかに小さな明かりが揺れている。

「起きてください、琴音さん!」

 小型ランプを手にした能登が立っていた。

「ど、どうしたのですか!?」

 驚いて飛び起きた琴音は、ここが陸軍の屯所であることを瞬時に思い出した。

「いま、君の父上が来ているのだよ」
「ええっ!?」
「警官を村まで行かせたのだが、事情説明しても『娘に会わせろ』の一点張りでな。村の者も引き連れて、桜町の警察署まで乗り込んだらしい。それで堪らず、本当はここに琴音さんがいることを教えちまったっていうんだ。いまは永井と榎本が対応してるが、俺は村の人間に顔を見られたくない」
「わかりました。すぐ行きます」
「すまんな。ばれてしまった以上、隠してもおけない。まだ夜明けまで間があるし、ゆっくり休んでほしかったが……」

 立ち上がって準備する琴音に、能登は申し訳なさそうに言う。

「いえ、構いません」
「では、準備ができたら玄関まで行ってくれたまえ。俺は裏口から出ていく」
「あ、あの……」

 ランプを置いて出ていこうとした能登を、琴音は呼び止めた。

「八神さまは何と……?」
「あいつは寝かせておくよ。妖力切れを起こしてるから、一度寝たらしばらくは起きないだろうしな」
「そうですか……」

 帰る前に、助けてもらったお礼をもう一度言っておきたかったが、仕方ない。

 準備を整え、玄関まで行くと、養父の松之助が永井軍曹たちに怒鳴りちらしていた。涼風家の使用人が三人と、村の小作人も七、八人ばかり後ろに控えている。可哀想なことに年老いた与平まで引き連れてきたらしい。

「お嬢さま……」

 琴音に最初に気づいたのは、その与平だった。
 すると、松之助は無言のまま琴音に近づき、怖い顔で腕をつかんだ。

「あの、お父さま……」
「帰るぞ!」

 ぐいっと琴音の腕を引っ張り、有無を言わさず屯所の外に連れ出す。

「涼風さん! さっきも言ったように、琴音さんは悪しきあやかしに狙われてるんだ。私たちに村まで護衛させてくれないか?」

 追ってきた永井軍曹が持ちかけるが、松之助はあくまで喧嘩腰だ。

「うるさい! 何があやかしだ! 虚言を並べ立てるな! 村を嗅ぎ回りにきたと思ったら、今度は娘を連れ去るか、この外道どもが! いい加減にしないと、海藤家と泉家も動くことになるぞ!」
「そいつは弱りましたな……」

 困り顔で頭を掻(か)いた榎本軍曹は、やおら鋭い目つきになった。

「それはそうと、車夫の栄八のことはご心配ではないので?」
「……ふん、大事な娘をむざむざ軍人に渡した役立たずなんざ、知ったこっちゃない」

 吐き捨てた松之助は、琴音を乱暴に人力車に乗せ、自分も隣に座る。
 琴音が榎本軍曹と永井軍曹に「ありがとうございました」と礼を述べると、二人は敬礼で返した。