凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

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「お父さまたちも、あんなに怒ることはないのになぁ」

 琴音の隣で、由松がぷくっと頬をふくらませる。

 二人は、使用人の栄八(えいはち)が引いている人力車に乗っていた。車輪はここらでは珍しい新式のゴムタイヤで、背もたれは柔らかいビロード張りになっており、頑丈な幌(ほろ)付きだ。
 隣町の女学校まで琴音を送っていく人力車に、由松も途中まで相乗りしていく。

「仕方ないわ。わたしが悪かったんですもの」

 琴音がなだめるように言うが、由松は納得がいかないらしい。

「そんなことありませんよ。おねえさまは何も間違っちゃいません。不吉だ凶星だって、やたら怖がるほうがおかしいんです。お父さまだって、異国の本をたくさんお読みになっているんですよ? ただの彗星だって、おわかりのはずなのに……」
「仕方ないわ。この村は迷信深い人が多いもの。由松がいくら正しいことを言っても、みんなはやっぱり怖いのよ。由松が学校で仲間はずれにならないよう、お父さまたちも気を配っておられるのだと思うわ」
「僕、仲間はずれなんか怖くないやい」

 屋敷にいる時とは違って、由松は琴音と二人きりの時は年相応のあどけない表情を見せる。事あるごとに跡取り息子だからと言われては、自邸では気負って、大人びた振る舞いを見せるしかない。しかも、冷たい仕打ちを受ける琴音のことをいつも気遣っている。
 そのいじらしさに、琴音の胸は痛みを覚える。

「それに……今朝だけのことを言っているんじゃありません。お父さまも、お母さまも、おねえさまを邪険にしているようで……」

 由松が沈んだ声を出したので、琴音も思わず本心が口から突いて出そうになったが、ぐっと堪(こら)えた。

「いいのよ。わたしはちっとも気にしてないわ。こうして町の女学校まで通わせてもらっているんだもの。これ以上を望んだら罰が当たってしまうわ」

 琴音とて、自分にばかり辛く当たる両親に思うところはある。だが、今は厳密には二人きりではない。車夫として涼風家に雇われている栄八が目の前にいるのだ。
 栄八は髪に白いものが混じっているが、立派な体格で、難なく人力車を引く。不気味なほど無口で、笑顔を見せない男だ。

「子どもたちに何かあれば逐一知らせるんだよ」

 栄八が、母にそうきつく言い含められているのを琴音は知っている。それだけに、栄八の前で両親を悪く言えば、筒抜けになる恐れがあった。

 もっとも琴音自身は、自分だけが冷遇されていることに諦めにも似た境地にいる。
 琴音と由松は、ともに涼しげな目元で、整った顔立ちだ。まるで雪国の生まれのように肌が白いのも同じ。しかし、露(つゆ)ほども似てはいない。
 それもそのはずで、二人は血がつながっていないのだ。

 琴音にとって松之助は養父であり、富実は養母だ。由松だけが涼風家の実子である。
 そのことを、琴音は無論のこと、由松も承知していた。


 松之助は元々、蛇ノ目村の東隣にある桜町の出身だ。名家として知られた海藤家の次男で、分家して独立することを認められ、苗字を涼風に改めて、蛇ノ目村に移り住んだのだ。村には海藤家の遠縁に当たる豪農がいた。

 その豪農には富美という娘がいたが、海藤家・長男の市松(いちまつ)が半ば強引に、松之助との縁談を取りまとめたのである。
 松之助は労せずして村内の半分以上の田地を手に入れ、小作人に貸し与えた。
 養蚕工場の経営にも乗り出したが、松之助の商才のなさから傾きかけたときは、本家が資金援助して、事なきを得た。以来、松之助は本家に頭が上がらない。

 さらに涼風家を村に根付かせるべく、松之助は後継ぎを欲したが、富美との間にはいつまで経(た)っても子ができなかった。

「おまえにいい話があるんだが……」

 焦る松之助に、兄の市松は「養子をもらわないか」と持ちかけたのだ。市松は本妻とは別に妾(めかけ)が何人かいて、そのうちの一人が孕(はら)んだという話だった。雪乃(ゆきの)という名の通り、肌の白い女で、どこか儚(はかな)げな様子に惹かれて世話をしていたらしい。

「旧都で芸妓(げいぎ)をしている女でな。産ませたはいいが、こっちで引き取ろうにも妻が承知せんのだ」

 扱いに困ったので涼風家に押し付けようという腹だった。それでも松之助にとっては渡りに船だったが、その赤子が女と知って、顔色が変わった。

「困りますよ、兄さん。女子をもらったとて……」
「何が困るというんだ。婿(むこ)養子をとればいいではないか」

 結局、押し切られる形で涼風家に娘を迎えた。
 それが琴音であった。

 最初は大事に育てられた琴音だが、やがて富美が身籠ったことで状況は変わった。待望の実子が男だったこともあり、琴音は本家に押し付けられた〝厄介な子〟に成り果てたのである。