その後、幻十郎たちは館山堂という宿に部屋を取った。仮眠をしてから再び町に出て、芝居小屋や高級酒場でも情報を集めて回った。
話を聞くほどに、蛇ノ目村の異様さが浮かび上がってくる。
翌日の四月十四日、木曜日――。
すっかり雨もあがって朝日がまぶしい早朝、幻十郎は人気のない神社の境内に永井軍曹を呼び出した。
小柄だが剣術は免許皆伝の腕前だ。実直な人柄であるので、幻十郎としても信頼が置ける男である。
「どうだ? 警察の協力は取りつけたか?」
「大丈夫です。帝よりの特命であることをちらつかせたら、渋々ではありますが、承諾しましたよ」
「よし。二年前の四月、蛇ノ目村のツネという娘が行方知れずになった。警官が出張って騒ぎになってる。記録が残ってるはずだ」
「わかりました。今日中に署から借りて、宿のほうに届けます」
「助かる」
幻十郎は、永井軍曹をねぎらうように肩を叩く。
陸軍とはいえ、特務部隊は侮蔑の目を向けられがちだ。あやかしを認知できない者たちは、「あやかし対策の部隊なんぞ……」と侮ってくる。
ましてや帝都から来た軍人に、西国の警察が友好的であるはずもないのだ。永井軍曹の苦労は痛いほどわかる。
「あっ、生贄の儀式については伝承は残っているのですが……。どうにもはっきりと文書には残っていなくて……」
「うむ。負の歴史だから消されたかもしれん」
「なんとか引き続き、探してみますので」
「よろしく頼む」
永井軍曹と別れたあと、幻十郎は宿に戻り、眠りこけている能登を叩き起こした。
午前中は個人商店や勧商場を回り、昼下がりにはまた【カフェー夢見草】に入った。
「君にも好きな女子の一人や二人、いるんじゃないのか? 俺に教えてくれたまえよ」
早くも酔ってきた能登が、詰襟の男子学生に絡みはじめた。
「恥ずかしながら……僕にも恋うる女学生がいまして……」
佐々木と名乗った学生は、陸軍に誘いたいほどたくましい体躯を折り曲げて、顔を赤らめながら告白した。
能登は女たらしというよりも人たらしというべきか。大人ぶりたい学生の自尊心をくすぐるような言葉を掛け、本来なら心の奥底にしまってあることまで言わせてしまう。
「女学生って、【桜高女】かい?」
佐々木は、こくりとうなずいた。
桜町にある高等女学校は【桜高女】の名称で通っており、その女生徒たちが町の華であることは、すでに耳に入れていた。
「そこの五年生に、とんでもなく美しい子がおるんです。毎朝、人力車で学校に通ってくるんで、すれ違うときに顔を見るのが楽しみで……」
「人力車で……? 裕福な家なのかい?」
能登は興味津々だが、傍らの幻十郎はうんざりしていた。
(そんな色恋沙汰を聞いてどうしようというんだ)
「ええ、涼風家の御令嬢でしてね」
しかし、佐々木の答えに幻十郎も能登も表情を硬くした。
涼風家――。蛇ノ目村の現状について語る者が、必ず口にする名家だ。
「帝都の方には馴染みがないかもしれませんけど、西国ではよう知られてる海藤家の分家なんですよ。そやから、僕なんかには高嶺の花やっていうのはわかっとるんですけど……」
――と、佐々木は急に黙りこくった。
「どうしたの?」
能登が訊くと、佐々木は控えめに目線を送る。
「僕としたことが話に夢中で気づかんかった……。いま、目の前におるんです」
佐々木の目線をたどると、窓ぎわのテーブル席に座っている三人の女学生が視界に入った。着物に海老茶の袴を合わせているのが凛々しくも愛らしい、今どきのハイカラな女学生たちだ。
「そのお嬢さんは、あの中のどちらでしょう?」
能登より先に、幻十郎が割って入って尋ねる。
「赤いリボンをしとる子ですけど……カフェーに来るようなズべ公(※不良少女)とは思わんかったなぁ。幻滅ですわ」
吐き捨てた佐々木を、幻十郎は眼光鋭く睨みつけた。
(勝手に幻想を抱いておいて、勝手に幻滅するとは、愚かな男だ)
幻十郎は任務を忘れて、憤怒を表情にこめる。
「えっ、あの……?」
青ざめて縮みあがった佐々木に、能登も「ずっと言ってろ」と言い放ち、麦酒瓶とコップを手に席を立った。
話を聞くほどに、蛇ノ目村の異様さが浮かび上がってくる。
翌日の四月十四日、木曜日――。
すっかり雨もあがって朝日がまぶしい早朝、幻十郎は人気のない神社の境内に永井軍曹を呼び出した。
小柄だが剣術は免許皆伝の腕前だ。実直な人柄であるので、幻十郎としても信頼が置ける男である。
「どうだ? 警察の協力は取りつけたか?」
「大丈夫です。帝よりの特命であることをちらつかせたら、渋々ではありますが、承諾しましたよ」
「よし。二年前の四月、蛇ノ目村のツネという娘が行方知れずになった。警官が出張って騒ぎになってる。記録が残ってるはずだ」
「わかりました。今日中に署から借りて、宿のほうに届けます」
「助かる」
幻十郎は、永井軍曹をねぎらうように肩を叩く。
陸軍とはいえ、特務部隊は侮蔑の目を向けられがちだ。あやかしを認知できない者たちは、「あやかし対策の部隊なんぞ……」と侮ってくる。
ましてや帝都から来た軍人に、西国の警察が友好的であるはずもないのだ。永井軍曹の苦労は痛いほどわかる。
「あっ、生贄の儀式については伝承は残っているのですが……。どうにもはっきりと文書には残っていなくて……」
「うむ。負の歴史だから消されたかもしれん」
「なんとか引き続き、探してみますので」
「よろしく頼む」
永井軍曹と別れたあと、幻十郎は宿に戻り、眠りこけている能登を叩き起こした。
午前中は個人商店や勧商場を回り、昼下がりにはまた【カフェー夢見草】に入った。
「君にも好きな女子の一人や二人、いるんじゃないのか? 俺に教えてくれたまえよ」
早くも酔ってきた能登が、詰襟の男子学生に絡みはじめた。
「恥ずかしながら……僕にも恋うる女学生がいまして……」
佐々木と名乗った学生は、陸軍に誘いたいほどたくましい体躯を折り曲げて、顔を赤らめながら告白した。
能登は女たらしというよりも人たらしというべきか。大人ぶりたい学生の自尊心をくすぐるような言葉を掛け、本来なら心の奥底にしまってあることまで言わせてしまう。
「女学生って、【桜高女】かい?」
佐々木は、こくりとうなずいた。
桜町にある高等女学校は【桜高女】の名称で通っており、その女生徒たちが町の華であることは、すでに耳に入れていた。
「そこの五年生に、とんでもなく美しい子がおるんです。毎朝、人力車で学校に通ってくるんで、すれ違うときに顔を見るのが楽しみで……」
「人力車で……? 裕福な家なのかい?」
能登は興味津々だが、傍らの幻十郎はうんざりしていた。
(そんな色恋沙汰を聞いてどうしようというんだ)
「ええ、涼風家の御令嬢でしてね」
しかし、佐々木の答えに幻十郎も能登も表情を硬くした。
涼風家――。蛇ノ目村の現状について語る者が、必ず口にする名家だ。
「帝都の方には馴染みがないかもしれませんけど、西国ではよう知られてる海藤家の分家なんですよ。そやから、僕なんかには高嶺の花やっていうのはわかっとるんですけど……」
――と、佐々木は急に黙りこくった。
「どうしたの?」
能登が訊くと、佐々木は控えめに目線を送る。
「僕としたことが話に夢中で気づかんかった……。いま、目の前におるんです」
佐々木の目線をたどると、窓ぎわのテーブル席に座っている三人の女学生が視界に入った。着物に海老茶の袴を合わせているのが凛々しくも愛らしい、今どきのハイカラな女学生たちだ。
「そのお嬢さんは、あの中のどちらでしょう?」
能登より先に、幻十郎が割って入って尋ねる。
「赤いリボンをしとる子ですけど……カフェーに来るようなズべ公(※不良少女)とは思わんかったなぁ。幻滅ですわ」
吐き捨てた佐々木を、幻十郎は眼光鋭く睨みつけた。
(勝手に幻想を抱いておいて、勝手に幻滅するとは、愚かな男だ)
幻十郎は任務を忘れて、憤怒を表情にこめる。
「えっ、あの……?」
青ざめて縮みあがった佐々木に、能登も「ずっと言ってろ」と言い放ち、麦酒瓶とコップを手に席を立った。

