凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

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 四月十三日、水曜日――。

 朝方のうちに旧都を発ち、昼下がりに桜町に入った幻十郎と能登は、第二小隊の永井軍曹および榎本軍曹と接触した。
 情報交換したあと、幻十郎は地元の警察に協力要請するよう、永井たちに命じた。蛇ノ目村の生贄の儀式について、何か記録が残っていれば洗いざらい調べるようにと言い添える。

 それから幻十郎と能登は、休む間もなく町の中心部へ向かった。

「よく降るなぁ」

 帝都の富裕層の石清水国吉に成りすました能登が、恨めしげに言う。
 この日は朝から雨で、雨雲が旧都から桜町まで追いかけてきたかのようだ。

(困難な任務になるかもしれんな)

 幻十郎の胸の内に、ほの暗い予感が波立つ。
 この町に入ってからというもの、あやかしを全く目にしないのも気になる。雨を嫌がっているわけでもないだろう。近くにいる〝何か〟を恐れているというのか。

 桜町は旧都ほどではないにせよ、活気のある町だ。町の中心の大通りには勧商場もある。
 雨宿りにと飛び込んだ【カフェー夢見草】は、帝都のカフェーと比べても見劣りしない立派な店だった。

「おい菊地。珈琲を注文してくれ」

 女給に案内された席にふんぞり返った能登が、横柄に命じた。

(そうだった。私はこいつの執事の菊地勝弘だ)

 覚悟を決めて、従順な執事になりきるしかない。もっとも、任務が終わったら能登をぶん殴らない自信はないが。

 単独で諜報活動する際は、行商人などに〝化けて〟市井に紛れ込んでしまうのが定石だ。だが今回のように二人で動くなら、お付きのいる富裕層の人間として町に入っていくのは理にかなっていた。
 場所さえ選べば、有益な情報をつかめる。

 ましてや口が上手く、軽薄な印象の能登だ。見事に呉服屋の放蕩息子になりきって、すぐに桜町に馴染んでみせた。能登に話しかけられると、誰しも口が滑らかになる。
 カフェーは珈琲一杯で十銭とられる。それだけに金銭的に余裕のある者たちが集(つど)う社交場だ。
 暇を持て余していそうな隠居老人、ハムサラダを肴(さかな)にウイスキーをたしなんでいる洋装の男、背伸びして入ってきたものの落ち着かない様子の男子学生――。
 懐に入るのが上手い能登は、誰であろうと自然に話しかけ、必要な情報を引き出してしまうのだ。

「近くに蛇神が守っている村があるとか……?」

 能登がそう水を向けると、皆は一様に眉をひそめて語りだす。

「蛇ノ目村やな。冷やかし目的で行ったら、エラいことになるで。近づかんほうがええ」
「ほんまかどうか知らんけど、蛇神が住んどる沼があるらしいわ。禁足地になっとるから確かめようもないんやけどな」
「どこもかしこも不作の年でも、あそこだけ豊作やったりしますからね。ほんまに蛇神に守られとるんかも……」
「陰気な村やで。先月、あの村に迷い込んだ物乞いの婆さんが袋叩きにされたらしいわ。惨いことしよる」
「あそこの村人は金払いだけはええからな。行商人がこぞって、着物やら何やら売り込みに行きよるけど、すぐ逃げるように帰ってくるわ。監視されてるみたいで居心地が悪いんやと」

 おおむね成田曹長らから聞いたことと同じではあったが、新しい情報もあった。

「地元を守っとる神さまに生贄を捧げるんは、そら大昔は当たり前にあったらしいけどなぁ。今でもそんなことやっとったら大問題やろ。せやけど蛇ノ目村は……」

 町役場を退職したばかりという初老の男が、一度は言いよどむ。能登に促されると、声を落として語った。

「あそこは蛇神を祀っとるやろ。蛇神は執念深いし、欲張りなんやと。せやから数年に一度は美しい女子を生贄として差し出さなあかん。機嫌を損ねたら洪水やら地震やら厄災が訪れる言うてな。……恐らく、今もやっとるわ。あそこは数年に一度、器量のええ女子が神隠しに遭っとる」
「神隠し……?」

 能登は幻十郎のほうを見やる。

「二年前……あれは桜が咲いとった頃やから、ちょうど今時分やな。わしの親類に、商いで成功した男がおってな。町で一番の名士いうたら海藤家やけど、二番目はその男やろう。そいつの次男が嫁を迎えるいう話になったんよ。蛇ノ目村のツネっちゅう年若い器量好しの娘やったけど……」

 そこまで言うと、店内にいてもわかるほどに雨風が強まる。
 初老の男は怯んだが、見えない何かに突き動かされるように続けた。

「嫁入りの直前に、ツネは忽然(こつぜん)と消えたらしいわ。旦那になる男が騒いだんで、警官も村に入ってほうぼう探したんやが、見つからん。結局、嫁入りの話は立ち消えや。村の奴らは否定しとったみたいやけど、ツネは生贄にされたんやろうな」

(やはり蛇ノ目村は、いまも蛇神に生贄を捧げているのか……?)

 ……であるならば、今年あたり、また年若い女が犠牲になってしまう。
 急がねばならない、と幻十郎は心が掻(か)きむしられるような焦燥(しょうそう)を覚えた。