「これはこれは、ハイカラな娘さんたちが三人も……」
離れたテーブル席にいた軽薄そうな男が、麦酒瓶とコップを手に、琴音たちの席まで移動してきた。
「ご一緒してもよろしいかな?」
駄目だ、という間もなく、男は空いている琴音の左隣の席に身体をすべり込ませる。
呆気にとられている琴音たちの困惑をよそに、男はコップに入った麦酒を飲み干して、
「いや~、美しいハイカラ娘たちに囲まれて飲む麦酒は格別だね」
と、ご機嫌の様子だ。
「もう帰りましょう」
琴音がよし江と弥生をうながして席を立ちかけると、いつの間にか傍らにいた長身の男が制した。
「どうかそのままで。我が主が不躾な真似をしましたことをお詫びします。国吉さま、まずは自己紹介を」
長身の男に諫められたが、国吉と呼ばれた軽薄な男は悪びれる様子もない。
「ああ。私は帝都で呉服屋を営んでいる石清水家の三男、国吉と申します。どうぞお見知りおきを」
「えっ、帝都で……!?」
「呉服屋を……!?」
よし江と弥生の目の色が変わった。
たしかに石清水は高そうな藍染めの着物に身を包んで身綺麗にしており、垢抜けた雰囲気の男だ。旧都よりも、帝都の金持ちに見初められるのが西国の乙女たちの憧れるところでもあり……。
「ええ。商売のほうは兄たちが仕切っておりますから、暇を持て余して旅に出ましてね。この男は、私の供をしている執事の菊地です」
石清水が紹介すると、菊地は折り目正しく一礼した。
「菊地勝弘と申します」
そう言ったきり口をつぐんだ菊地という執事は黒の洋装だが、その長身と均整のとれた体型のせいもあって、よく似合っている。
しかも、目が合うと、誰しも射貫かれそうな瞳をもった美しい青年であった。
琴音たち三人は、まじまじと菊地を見つめる。
よし江と弥生は、菊地の美貌に目を奪われたようだが、琴音だけは違った。
(この人、なんだか懐かしい匂いがする……)
会ったことはない。だが、かつて嗅いだことのあるような匂いを放っている男だ。思い出そうとするが、その匂いの記憶をうまく引き出せない。
琴音がもどかしく思っていると、姿勢よく石清水の傍らに控えている菊地と目が合った。
目をそらそうとした琴音だが、その射貫くような瞳に見つめられ、身体を固くするばかりだ。
一瞬、怪訝な表情を浮かべた菊地は、そっと琴音から視線をそらした。
「おい菊地、気が利かない奴だな。このお嬢さんたちにパンケーキでもご馳走して差し上げろ」
「承知しました」
石清水に命じられるままに、菊地は女給を呼び止め、三人分のパンケーキを注文した。
「あの……」
琴音が戸惑いの声をあげると、石清水は手を振った。
「ああ、いいの、いいの。ここのお代は、すべて私が持ちます。その代わり……少しばかり話し相手になってもらいましょうか。旧都周辺はどうか知らないが、帝都のカフェーは交流の場ですよ。特に……男と女のね」
石清水がにやりとすると、よし江と弥生は顔を見合わせて「きゃあ」と初心な声を出した。
「菊地、もういいぞ。あっちに行ってろ」
石清水が菊地を追い払おうと、面倒くさそうに手を振る。
(この菊地という人のことをもっと知りたい……)
好奇心から、琴音は思わず止めた。
「あっ、もし! よろしければ、菊地さまもご一緒しませんこと?」
琴音が誘うと、よし江と弥生も同じ気持ちだったらしい。
「そうね。交流なら、一人でも多いほうが……」
「ええ、ぜひご一緒しましょう」
思わぬ提案に石清水は苦笑しつつ、菊地を呼び止めた。
「よかったな、菊地。西国のハイカラ娘たちに大人気じゃないか。おまえも座れ」
「はい」
菊地は女給から椅子を借りて、テーブル席の左側面に腰をおろした。その所作は流麗で、すべてに無駄がない。帝都は使用人までが洗練されているのか、と琴音は感心しきりだ。
だが、さきほどから菊地が何度か石清水を睨んだように見えたのは、気の所為か。
離れたテーブル席にいた軽薄そうな男が、麦酒瓶とコップを手に、琴音たちの席まで移動してきた。
「ご一緒してもよろしいかな?」
駄目だ、という間もなく、男は空いている琴音の左隣の席に身体をすべり込ませる。
呆気にとられている琴音たちの困惑をよそに、男はコップに入った麦酒を飲み干して、
「いや~、美しいハイカラ娘たちに囲まれて飲む麦酒は格別だね」
と、ご機嫌の様子だ。
「もう帰りましょう」
琴音がよし江と弥生をうながして席を立ちかけると、いつの間にか傍らにいた長身の男が制した。
「どうかそのままで。我が主が不躾な真似をしましたことをお詫びします。国吉さま、まずは自己紹介を」
長身の男に諫められたが、国吉と呼ばれた軽薄な男は悪びれる様子もない。
「ああ。私は帝都で呉服屋を営んでいる石清水家の三男、国吉と申します。どうぞお見知りおきを」
「えっ、帝都で……!?」
「呉服屋を……!?」
よし江と弥生の目の色が変わった。
たしかに石清水は高そうな藍染めの着物に身を包んで身綺麗にしており、垢抜けた雰囲気の男だ。旧都よりも、帝都の金持ちに見初められるのが西国の乙女たちの憧れるところでもあり……。
「ええ。商売のほうは兄たちが仕切っておりますから、暇を持て余して旅に出ましてね。この男は、私の供をしている執事の菊地です」
石清水が紹介すると、菊地は折り目正しく一礼した。
「菊地勝弘と申します」
そう言ったきり口をつぐんだ菊地という執事は黒の洋装だが、その長身と均整のとれた体型のせいもあって、よく似合っている。
しかも、目が合うと、誰しも射貫かれそうな瞳をもった美しい青年であった。
琴音たち三人は、まじまじと菊地を見つめる。
よし江と弥生は、菊地の美貌に目を奪われたようだが、琴音だけは違った。
(この人、なんだか懐かしい匂いがする……)
会ったことはない。だが、かつて嗅いだことのあるような匂いを放っている男だ。思い出そうとするが、その匂いの記憶をうまく引き出せない。
琴音がもどかしく思っていると、姿勢よく石清水の傍らに控えている菊地と目が合った。
目をそらそうとした琴音だが、その射貫くような瞳に見つめられ、身体を固くするばかりだ。
一瞬、怪訝な表情を浮かべた菊地は、そっと琴音から視線をそらした。
「おい菊地、気が利かない奴だな。このお嬢さんたちにパンケーキでもご馳走して差し上げろ」
「承知しました」
石清水に命じられるままに、菊地は女給を呼び止め、三人分のパンケーキを注文した。
「あの……」
琴音が戸惑いの声をあげると、石清水は手を振った。
「ああ、いいの、いいの。ここのお代は、すべて私が持ちます。その代わり……少しばかり話し相手になってもらいましょうか。旧都周辺はどうか知らないが、帝都のカフェーは交流の場ですよ。特に……男と女のね」
石清水がにやりとすると、よし江と弥生は顔を見合わせて「きゃあ」と初心な声を出した。
「菊地、もういいぞ。あっちに行ってろ」
石清水が菊地を追い払おうと、面倒くさそうに手を振る。
(この菊地という人のことをもっと知りたい……)
好奇心から、琴音は思わず止めた。
「あっ、もし! よろしければ、菊地さまもご一緒しませんこと?」
琴音が誘うと、よし江と弥生も同じ気持ちだったらしい。
「そうね。交流なら、一人でも多いほうが……」
「ええ、ぜひご一緒しましょう」
思わぬ提案に石清水は苦笑しつつ、菊地を呼び止めた。
「よかったな、菊地。西国のハイカラ娘たちに大人気じゃないか。おまえも座れ」
「はい」
菊地は女給から椅子を借りて、テーブル席の左側面に腰をおろした。その所作は流麗で、すべてに無駄がない。帝都は使用人までが洗練されているのか、と琴音は感心しきりだ。
だが、さきほどから菊地が何度か石清水を睨んだように見えたのは、気の所為か。

