凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~

 飯島軍曹は声をひそめて言った。

「旧都の人間も知っているような、きな臭い噂がありましてね。蛇ノ目村では、いまも生贄を捧げていると……。それも、妙齢の女子を……」
「いまも……だと……?」

 幻十郎の胸に、強烈な不快感がせり上がってくる。それまで上(うわ)の空だった能登も、さすがに表情を変えた。「妙齢の女子」に反応しただけかもしれないが。
 声に怒りをにじませながら成田曹長が言った。

「それが事実なら許せぬ所業です。あまりに前時代的すぎる」
「当たり前だ。生贄を求める神など、最初から神ではない。悪しきあやかしの類(たぐい)だ。いや……何の疑いもなく生贄を差し出す人間こそ、邪悪だ」

 幻十郎が吐き捨てるように言うと、場が静まり返った。
 取りなすように、能登が割り込む。

「まあまあ、八神中尉。ここは冷静に事に当たる必要がありますぞ。……で、俺たちの到着を待たずに、おまえたちだけで村に乗り込んだのは何故かな?」

 痛いところを突かれたのか、成田曹長は決まりが悪そうに目を伏せる。

「いや……それは……この件は、帝もお聞き及びであらせられまして……」
「なんだと!? それは本当か!?」

 能登が成田曹長に詰め寄る。

「ええ。帝は大変、憂慮しておられ、早期の解決を望んでおいでです」

(そういうことか……)

 合点がいった幻十郎は、心の内で舌打ちした。
 帝が案じている事案だけに、功を焦るあまりに自分たちで調査しようとしたのだろう。

「おまえたちの気持ちはわかるが、調査はすべて別働隊に任せてもらいたかったがな。閉鎖的な村なのだろう? 村人に余計な警戒心を与えただけではないか」

 幻十郎は苛立ちを隠しきれない。

「申し訳ございません。調査は……八神中尉殿と能登少尉殿に引き継いで頂きたいのですが……。帝都からの無線で、その旨、指示が出ました」

(やはり組むことになったか……)

 げんなりした幻十郎だが、それ以上に憂鬱なのは、今回の諜報活動が厄介なものになりそうだということだ。村人たちの警戒心が高まっている状況では、情報を集めるのも容易ではない。

「――不躾ながら、一つ勘違いされたくないのは……」

 おもむろに飯島軍曹が口を開いた。

「我々は功を焦ったのではありません。我らが隊の隊長が……」
「おい、飯島!」

 飯島軍曹が言いかけたところを、成田曹長が慌ててたしなめる。
 あやかしが中心になって編成されている別働隊を、同じ特務部隊にあっても白眼視する者は多い。
 とりわけ、第二小隊の隊長があやかし嫌いだったことを思い出し、幻十郎は顔をしかめた。

(隊長の意向というわけか……)

 腹立たしい気持ちはあるが、内輪揉めしている場合ではない。

「ふん、引き継いだからには上手くやるさ。おまえらの尻拭いをしてやるというんだ」
「はっ、申し訳ありません……」

 幾分、あやかしには好意的なほうの成田曹長は平謝りだ。

「それで、いまだに生贄を捧げている証拠は掴めなかったのだな?」
「はあ……。蛇神の住み処とされている蛇淵沼という底なし沼がありましてね。そこは禁足地だと言い張るもんですから、ろくに近づけもせんのです。沼をぐるっと囲んでいる蛇ヶ森の前まで行くのが精一杯でありまして……」

 それを聞いて、能登が鼻を鳴らした。

「おいおい、あまりに情けないぞ、そいつは」

 幻十郎も、今度ばかりは能登に同意だ。
 そこへ飯島軍曹が、直属の上官に助け船を出した。

「仕方なかったのです。村長はお飾りの爺さんで、実際に村を治めているのは涼風家の松之助という当主です。こちらが軍人でも、お構いなしに居丈高(いたけだか)な態度をとる男でした。涼風家は海藤家の分家でして……」
「海藤家……。聞いたことがあるな」

 幻十郎が言うと、飯島軍曹はうなずいた。

「華族ですからね。帝都には移らず、旧都周辺で幅広く事業をやっておりまして、かなり羽振りのいい名家です。分家の涼風家を怒らせると、かなり厄介なことに……」
「ふむ……」

 名家が難癖をつけてきたときの厄介さは、幻十郎もよく知っている。