長保(ちょうほう)二年(一〇〇〇年)。この年の二月、定子さまは第三子をご懐妊されたが、それに当てつけるように、道長さまは長女の彰子(しょうし)さまを中宮にした。それに伴い、定子さまの位は皇后(こうごう)になって、一条天皇の元にお后さまがおふたり、という前代未聞の事態に!

 そして、五月五日の端午(たんご)節句(せっく)――。
 身重(みおも)の定子さまたちを囲んで、ささやかな宴会が催された。
 彰子さまたちが派手なパーティーを開いたのと対照的に、こちらは身内だけの寂しいもので……。
 定子さまは、つわりが酷い上に、精神的にもお辛い状況。

「せめて、これだけでもお口に入れてくださいませ。お身体がもちませんから」

 わたしは、さっぱりしたお菓子を定子さまに差し上げた。
 すると――。
 定子さまは微笑を浮かべて、こんな歌を贈ってくださった。

「みな人の花や(てふ)やといそぐ日も わが心をば君ぞ知りける」
(みんなが花や蝶やとにぎわっている日も、私の心を知っているのは、そなただけ)

 わたしは、胸が締め付けられるような心地になった。

(ああ、定子さま……)

 ――そなただけが、私をわかってくれているのね。

 そう語りかけてくださったようで、うれしいというより、切ないキモチになったのを覚えている。

 定子さまは第三子を出産されたあと、お亡くなりになった。
 運命に翻弄され、失意のうちに生涯を閉じた……なんて耳にするたび、「そうじゃない!」と叫びだしそうになる。

 ――ねえ。私のこと、好き?

 追憶のなか、美しく、高貴なオーラを身に(まと)った定子さまは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、そうお尋ねになるのだ。



 了