同窓会が終わった後、颯太は二次会に向かおうとする花梨を呼び止めた。
「西野さん! ごめん、ちょっといいかな」
公開告白をした颯太が、告白相手の花梨に声をかけたものだから、当然周りの人たちは囃し立てる。顔が熱くなって逃げ出したい気持ちになるけれど、颯太はなんとか堪えて花梨と少し離れた場所へ移動した。
「どうしたの、颯太くん」
「えっと……さっきはごめん。お祝いしたい気持ちはもちろん本当だったんだけど、なんか晒し者みたいにしちゃって……」
「ううん、全然。人前に立つのは慣れてるし、大丈夫だよ」
花梨は明るい笑顔で答える。その表情は大人っぽくなっているものの、颯太の記憶の中の笑顔と重なる。
光の話を疑っているわけではないし、颯太の脳内で初恋フィルターがかかっているのかもしれない。
それでも、花梨が光に交際を強要する様子は、颯太にはうまく想像ができなかった。花梨は裏表のなさそうな笑顔を浮かべ、言葉を続ける。
「でもちょっと意外だったな。颯太くん、確かに昔は私のこと好きなのかなって思ったこともあったけど、今はそんな風に見えないから」
図星を突かれて、颯太は思わず固まる。花梨は「当たった?」と顔を綻ばせた。
「う…………ごめん……」
「ううん、いいよ。きっと何か理由があったんでしょ? 颯太くん、ふざけて人に告白したりするタイプじゃないもんね」
花梨の優しい言葉に、颯太の胸の鼓動が少しだけ速くなる。
当時叶うことのなかった片想いも、花梨が颯太の性格を理解してくれていただけで、少し報われた気がした。
「……光が困ってるみたいだったから、助けなきゃと思って。西野さんが芸能界デビューしたって、直前に話を聞いてたから」
「あはは、なるほどね。相変わらず光が颯太くんにべったりな理由、少し分かった気がする」
ころころと笑いながらも、その言葉にどこか棘が含まれている気がして、颯太は首を傾げる。花梨は続けて不思議な言葉を口にした。
「ほら、光は昔から颯太くんがいないとダメだから」
昔から颯太と光は友達だった。
颯太は周りから「光くんの友達だよね」と言われることがあるが、光が「颯太の友達だよね」と言われているところは想像できない。
この二つは同じようでいて全く違う意味を持つ言葉だ。
いつだって光が主役で、颯太はその友達、おまけの付属品なのだ。周囲の人にどう思われようと、颯太は気にしていない。だって光本人は、颯太のことを対等に扱ってくれるのだから。
それでも周りの人からの評価は、きっと颯太の想像通りだ。光と、光にくっついているおまけの颯太。ほとんどの人がそういう認識でいるに違いない。
「光は僕がいなくても問題なく生きていけると思うよ。友達も多いし、大体のことは何でもできちゃうし」
やんわりと花梨の言葉を否定するが、花梨は何も言わずに首を横に振った。
どうやら花梨の中で、光は随分頼りない男らしい。無理矢理だったとはいえ元恋人同士。颯太には見せないような弱味も、花梨の前では見せていたのかもしれない。
長い付き合いの颯太の前でさえ、強がりな光は本音を隠してしまうことが多い。そんな光が、弱音を吐き出せる相手がいるのは喜ぶべきことなはずなのに、颯太は少しだけ寂しい気持ちになった。
「そーうーたー!」
どこからか光の声が聞こえてきた。二次会に来いと熱心に誘われていたが、どうやら話が終わったらしい。
花梨がどこか慌てたような様子で、小さなバッグからスマートフォンを取り出した。
「颯太くん。連絡先、交換しよう」
「えっ、いいの? マネージャーさんとかに怒られない?」
「うん、大丈夫。でも光には内緒ね」
光に秘密で話したいことがあるから、と花梨が言うので、颯太は頷いた。花梨の話したいことが何かは想像できなかったが、颯太も聞きたいことがあったからだ。
花梨に付き合わされていた、と光は言っていた。光は花梨のことを嫌っているようには見えない。恋愛として好きになれない、ということはもちろんあるだろう。
でも、無理矢理交際をさせられていたのなら嫌いになってもおかしくないはずだ。
それに、どうして光は花梨と付き合うことを選んだのか。いや、選ばざるを得なかったのか。『何』が光にそんな選択をさせたのか。
親友の語らない真実が、颯太は気になっていたのだ。
花梨とメッセージアプリの連絡先を交換して、颯太はスマートフォンをポケットにしまう。
ちょうどそのとき、光が颯太の姿を見つけたようで、自分に群がるクラスメイトをあしらいながら颯太の元へやって来た。
「颯太、帰ろうぜ」
「あれ、二次会行かないの?」
「だって颯太疲れたっしょ? 俺も疲れたし」
二次会には行かない、という光の言葉に、残念そうな声が周囲で上がる。颯太のそばにいた花梨も、「なーんだ、光は二次会行かないのか」とつまらなそうに呟いた。
「あれ、花梨じゃん。なに、颯太と話してたの?」
「えっひどい、さっきからここにいたんですけど。本当に光は颯太くんしか見えてないんだから」
「はいはい、どうせ俺は視野が狭いですよ」
「ねえ光、二次会行かないなら後でご飯行こうよ。最近一緒に出かけてないじゃん」
「めんどくさ…………」
社交的で、誰とでも仲良くできる光が、見たことのないほど顔を歪めている。言葉通り面倒だと思っているようで、かっこよくセットされた髪をくしゃりと崩し、大きなため息をこぼした。
それでも律儀にスマートフォンで自分の予定を確認するのは、光の付き合いがいいからか。それとも、以前花梨に脅されていたことと、何か関係があるのだろうか。
「来週の日曜の午前中。もしくはその前の水曜日の夜、それ以外は無理な」
「じゃあ日曜日ね、頑張って午後も空けておいて」
「午後は無理って言ってんじゃん!」
光と花梨のやり取りはとても親しげで、無理に付き合っていたなんて想像もできないほど自然だった。
脅されていたにしては、光の態度に怯えるような素振りは見られない。だからといって光が嘘を吐いているとも思えず、颯太は心の中で首を傾げる。
「光も颯太くんも、またね」
「おー、じゃあな」
「うん、今日はありがとう、西野さん。またね」
花梨や他の級友たちと挨拶を交わしながら、颯太と光は同窓会会場を後にした。