僕の狂気


 僕の世界は狂気で満ちている。
 子供の頃、ハムスターを飼っていた。小さくて可愛らしくて無防備で、僕には苛立ちを覚えさせるものだった。
 ぎゅうっと強く握り締める。目玉が飛び出て、心臓の鼓動がじかに感じられる。何度も繰り返した。ぽおんと飛び上がらせると手足をばたつかせて空をかく。わざと受け止めずに床まで落とす。それでもハムスターは何も無かったようにせかせかと動く。僕の手がハムスターを握り締める。ぽろぽろとうんこが出てくる。床まで落とす。何度も繰り返してもハムスターは何事もなかったように動き回る。あるいは、警戒でもしてくれれば僕の心は変わったかもしれない。けれど、そうならなかった。僕はハムスターを投げた。どこまでもハムスターは変わらず動き回る。次第に僕は苛立ち、ハムスターを投げ出した。変わらずせかせかと動き回る。僕はハムスターを握り締め思い切り床に叩きつけた。ハムスターはそれでも動いた。ただそこで変化が起きた。ハムスターは下半身を動かさずに引きずって歩き出したのだ。そうしてはじめて、僕は自分がしでかした重大さに気づかされた。取り返しのつかないことをしたと気づいても後の祭りだった。ハムスターは下半身を引きずりながらこれまでと同じようにせかせかと動いた。僕は泣き出していた。ごめんね、と、どうしよう、とが混ざり合って僕を責めた。親に隠すことも出来ない。僕は嘘をついたがそれは見抜かれていたと思う。ピアノから落ちただけで大怪我をするはずが無い。だが父も母も深くは聞いてこなかった。ただ叱っただけだった。
 僕は一生懸命、ハムスターの世話をした。下半身の感覚が無いということは糞尿の排泄も垂れ流しになるということだった。毎日洗面所でお湯をはり、下の世話をした。母は褒めてくれたが僕には責められているようにしか感じられなかった。
 その後、消えたはずの僕の狂気が再び顔を出した。
 犬がいた。二匹。僕はむしゃくしゃするたび、犬たちを殴り、蹴った。さしたる理由は無い。理不尽な暴力に犬たちはおののいた。それでも散歩に連れて行ったり、餌をあげたり、ボール遊びをしたりした。その半面で僕の暴力は留まることなく続けられた。
 ある夏の暑い日、買出しから帰ると片方の犬が死んでいた。寿命だったのだろう。誰もいないところで、tも思ったが、もう一匹の犬が見守っていただろうと考えて痛手を抑えた。そのもう一匹の犬が死んだのは夕方だった。賢い犬で正装した人には吠えず、怪しい人間には敷地に入ってくる前から威嚇した。その日も同じ、お客さんを見送ったときその犬も一緒にお見送りした。そうして家に入ってしばらく、兄が飛び込んできた。
「ゴマが死んでる」
「え!?」
 ついさっきまで尻尾を振っていたのが、顔を小屋の外に出す格好で死んでいた。誰にも見取られることなく、犬は死んだ。
 そうして僕の狂気はなりを潜めた。
 でも本当はずっと残っていたのかもしれない。
 気づけば僕の腕はアムカの跡だらけになっていた。
 ペットはずっといた。それでも僕は彼らに狂気を向けることはなくなっていた。かわりに自分の腕に狂気は刻まれた。
 初めは他愛ない理由からだった。
 初めてのバイト先で僕は完全に不良品であることが明確にされ、自分で自分を見限った。けれどすぐにやめることもできない。その日、夕方からアルバイトが入っていた。母は珍しく美容院に行っていた。刻々と近づくバイトの時間に追い詰められた僕は、朝から少しずつ切っていたのを思い切って手首を切った。
 血が一気に溢れた。
 それが目的だったのに、いざ血を目の前にしたら急に怖くなって止血していた。ティッシュを何枚も何枚も重ねても血はあふれてくる。
 止まれ!止まれ!止まれ!止まって!
 心臓より上に手首を挙げてしばらくすると、血は止まっていた。
 バイトの時間が迫っていた。行く前に風呂に入らなければならない。骨折した兄が風呂に入った方法を使った。腕をビニール袋に突っ込んで輪ゴムで止めるのだ。そうして入った後、やがて母が帰ってきた。母は嬉しそうに「トリートメントまでやってもらっちゃったんだ」そうはしゃぐ母を見て、もうたまらなかった。
 黙って二階の自室へと上がった。驚いた母親がついてきた。そうして僕は黙って手首を見せた。母は何も言わなかった。ただぎゅっと僕を抱きしめた。泣きながら。強く、強く。
 夕方の自室のドアの前で母は強く僕を抱きしめて泣いた。僕もいつしか泣いていた。
 それが僕の人生の初めてのリストカットだった。
 人生のどん底とでも言うのだろうか、僕は虚ろに日々を過ごした。
 二十歳で車の免許を取るとき、再び狂気が僕を襲った。失敗を恐れて怖くなり腕を切った。初めてのアムカだった。教習所で教官から怒られる分を、前もって自分に罰した。教習が進むたび、僕は腕を切った。
 無事免許を取り終ったあとも狂気は消えなかった。ある程度落ちついて、発掘のバイトを始めた。むくりと僕の狂気が目を覚ました。
 発掘の出勤形態は特殊で、平日十五日間以内であれば、好きなときに出て、好きなように休むことが出来た。ただしこれは僕のような人間にはあっていなかったのだと思う。これ以上休むと十日にも満たない。その焦りが僕をアムカへと走らせた。
 腕を切ったあとは必ず鏡で確かめた。自分で見ても気持ち悪い傷だった。
 それと前後して僕は夕飯を食べなくなった。階下のだんらんに入ることを恐れたのだ。理由は無い。ただ自分が場違いだと思えた。それでも、食べなくても言いから夕食のときは下にいるようにと言われた。僕は個人輸入していた睡眠薬で頭をぼやかせて下に降りた。生々しい傷口をさらしているとは気づかずにそこにいたときもある。黒い服を着ているのはそのためだった。ティッシュを当てると、毎回かさぶたを取るようなもので幾ら立っても傷口は濡れたまま。だからティッシュをやめて、そのままにした。服が黒ければ赤い血は見えない。
 一本、二本、と数えていたのはわずかな間だけだった。腕はあっという間に傷で満たされた。利き腕にはやらないという制限もあっという間にかき消された。手の甲を切ったのは出かけ先のトイレでのことだった。血が床に落ち、弾いた。
 病院に行くようになってからも狂気はなかなか消えなかった。だがあることを境に僕はアムカを辞めた。
 その日はリスカをした。よく覚えていないが、深い切り口に見えたらしい、僕は救急の待合室の椅子に座っていた。傷口にあてていたティッシュが床に落ちて、拾って傷口に当てなおすと、看護婦らしき人が新しい紙をくれた。そうして手術台のようなベッドに寝かされて手の動きを確かめられた。当然、異常はなかった。麻酔を打たれ縫合されている間ずっと目をつむっていた。何を言っても空々しく相応しい言葉なんてないように思えたからだ。先生は何も言わずに処置だけして立ち去った。
 そのときの傷がひきつれて後に残ってしまった。普通にしててもそのひきつれは見える。それを見てなんだか気が抜けた。それ以来カットはしていない。ときどき無性に落ち着きをなくすときがある。今は頓服を飲んでいる。いつの間にかカットすることが怖くなっていた。でも、僕の狂気が消えたわけではないと思う。この頃、腕を見つめる時間が増えてきた。しわなのか、傷跡なのか、分からない、しわしわの腕を見る。そろそろ声が聞こえるのかもしれない。ほら、そこに。切る場所はいっぱいあるよって声が。