手のひらの温度

「4、5、7、8、12・・・以上のものは至急技工室へ集まってください。繰り返します・・・」
 ふいに始まった放送は余韻を残して廊下に響いた。黙って聞いていたわたしたちは互いに顔を見合わせた。
「今、わたし呼ばれたよね」
「あたしもだ」
「え、ほかの人はもう集まってるのかな?」
「分かんない」
「早く言った方がよさそうだ」
 ばたばたと足音を立て、わたしたちは技工室へと向かった。
 技工室に近づいたところでわたしは皆に静かに歩くように指示する。そっと近づいてドアの窓から中を覗くと、幾人かの姿があった。
「あちゃあ」
 皆集まってる、と言おうと振り返って、わたしはぎょっとした。
「こら」
 白衣を身に纏った先生がわたしたちの後ろに立っていたのだ。
「先生・・・いつの間に」
「いつの間にじゃないよ」
「脅かさないでくださいよ」
「別に脅かしちゃいないよ。さあ、入った入った」
 先生に追い立てられるようにわたしたちは室内に入った。遅れてきたわたしたちを見る目はどれも怯えていて、集まっている数人の先生もいつものように怒ることなく、ちゃかしも入らなかった。沈うつな空気に、室内はすぐに静まり返った。
 座ることなく立ち尽くすわたしたちの前に先生は進み出た。
「すでに聞いている者もいるかもしれんが、昨日、サイキとクラヤが受けた」
 誰かが小さく頷いていた。
「繰り返しになるが、君らも金曜日までに受けてもらわなければならない。ここにいる全員だ」
 先生がわたしを見た。わかるね? と。わたしは頷いた。
「いつでもいいので受けに来て欲しい」
 誰かが頷いた。シラだった。
「ゆっくりでいいから期日を守ってくれよ。以上」
 はーい、と返事をしたのはわたしたちだけだった。
 ばたばたと部屋を出て行き際、わたしはシラの袖を引っ張った。
「シラはいつ受けるの?」
 シラは首を傾げた。
「金曜日にしようかな、と思ってるけど」
「じゃあさ、一緒に受ける」
 シラは頷いた。
「うん」
 にっこり笑って、あたりを見渡すと、いつのまにか皆ばらけていた。
「あれ、ルウさんは?」
「最初の方に受けたってよ」
「え、一人で?」
「うん」
「そっか・・・」
 身近な仲間が一人減ったことに気づかなかった。
 ルウさんにはもう会えない。そのことが寂しかった。
 翌日、仲間の一人が受けた。カワというその子は、小柄でしっかりもので、ムードメーカーで皆と仲が良かった。
 その翌日、また一人いなくなった。彼女はサエといった。どこかふわふわとして、それでいて意志の強い子で、皆から好かれていた。
「カワとサエがいないだけで一気に減った気がするよね」
「でも本当は、いたりして」
「まさか」
 笑いながらそんな事を言って、教室に戻ってきたわたしたちだったけど、誰もいない教室にわたしたちは黙り込んでしまった。耳が痛すぎるほどの静けさに、わたしはわざと音を立てたくなった。今までだっていなかったことはあったけれど、彼女たちの存在は微かに漂っていた。今は違う。音はリアルに欠けた部分を突きつけてくる。あるはずのない心が寒かった。
 一人、また一人と、わたしたちの仲間は次第に減り、いつのまにかわたしとシラだけになっていた。
「二人になっちゃったね」
 囁くように言ってシラは寂しげに笑った。
「明後日だね、金曜日」
 わたしたちの溜まり場になっていた教室は静かで、皆で笑いあっていたのは遠い過去のことのように感じられた。
「ついこの間まで皆で遊んでたんだよね、ここで」
 教室の隅々を見回せば、皆の残像が浮かんだけど、どれも空虚で、余計に悲しくなった。
「ルウさんはさ、やっぱり頭良いね」
 次第に熱くなる喉に負けじと、わたしは喋り続けた。
「わたし知らなかった。最後まで残るのがこんな寂しいなんて、全然思わなかった」
 視界が溢れて、それ以上話すことが出来なかった。寂しくて泣くなんて思いもしなかった。
「そうだね」
 シラの声は震えていなかった。けど、わたしの手を掴んだシラの手は微かに震えていた。
 シラがわたしを促し、わたしは立ち上がった。
「もう、行こうか」
 わたしは頷いた。
 シラに手を引かれ、技工室へ行くまでわたしは下を向いたまま泣き続けた。
 シラが立ち止まり、こんこん、と扉を叩いた。
「はあい」
 先生のいつもの間延びした声が聞こえた。
「金曜日に予定していたんですが、今日にします」
 シラははきはきとそう告げた。わたしは涙を拭き、顔を上げた。先生がいつになく優しい顔でわたしたちを見ていた。
「いいの?」
 先生に問われ、わたしたちは頷いた。
 先生は頷いてわたしたちを椅子へと連れて行った。
「これから最後の二名、実行します」
 先生は連絡を取り、わたしたちは椅子へ座らされた。
 椅子のベルトが腰を抑えた。隣で同じ格好のシラにわたしは手を伸ばした。それに気づき、シラはわたしの手を取った。
 つないだ手から、はじめてシラのぬくもりを感じた。
 シラはにっこり笑ってわたしに言った。
「死んでも、ずっと友達でいようね」
 わたしはにっこり笑って、力強く頷いた。
「じゃあ、二人とも、流すよ」
 先生がそう言い、わたしたちは消えた。


「やっと終わりましたね」
 ぱちん、と二人のベルトを外しながら吉田は言った。
「最後まで残るから、ひょっとして抵抗するんじゃないかと思ったんですけど」
「彼女たちにその気はないよ」
「ですよね」
 目を閉じて動かない彼女たちは表情をなくし、つないだ手はだらりと垂れていた。
「でも、最後の言葉は感動しちゃったな」
 吉田はそう言ってわたしを見た。
「死んでからも友達って。あれってちょっとは感情が発達していた証拠じゃないですかね」
「かもしれんな」
 わたしはそう言って離れてしまった彼女たちの手を取り上げた。温度をなくしひんやりと冷たい彼女たちの手。幾度となく触れた温度は、やはり寂しさを思わせる。
「なんだかんだいって一番可愛がっていたんじゃないですか?」
 二人の小さな手を握ったままのわたしに吉田は言った。
「でも、死んでからも友達って言っても、死んだら友情関係なくなるんですけどね」
 吉田の指摘にわたしは笑った。
「全く、こいつららしいよ」
 わたしは二人の手を離した。
「新しくプログラミングするときには、この二人を友達の設定にしておいてくれ」
 そう命じると案の定吉田は大きく頷いてみせた。
「はい、承知しました」