ピピピピ、ピピピピ。
朝五時。私より先に目を覚ました太陽が、閉められたカーテンより顔を出す朝。寝室にスマホのアラームが鳴り響く。
それを手探りで瞬時に止め隣に寝ている姉に目を向けると変わらずの寝顔で、ふぅと溜息を吐く。
体と瞼は重く、視界はグラグラとする。あと五分だけ眠りたいと枕に顔をポンと置くけど、そうはいかない。
姉が起きてしまったら、様子を見ながら家事をしないといけない。朝はとにかく時間との戦いの為、姉を起こさないようにそっと襖を開けて出て行く。
洗濯機を回し、炊飯器で炊けたホカホカのご飯をピンクと赤のお弁当箱に詰め冷まし、お弁当の卵焼きとウインナーを炒め始める。焼き時間の間にじっとしているのは勿体無いので、洗った食器を布巾で拭いて食器棚に片付けていく。帰ってきてからの自分を困らせない為に、空き時間を作らず出来ることは今する。それが私の中での決め事だ。
お弁当箱のご飯が冷めた頃、次は冷えたおかずを詰めていく。そうは言っても殆ど昨日の残り物で、隙間を埋めていく感じが正しいだろう。
とにかく朝は時間がない。こうしてなんとか回していくしかないから。
ピー、ピー、ピー。
五時四十五分。予定通り洗濯機が止まり、パンッ、パンッと服やタオルの皺を伸ばしながら一枚ずつ出していると、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「おはよう、みーちゃん」
ピンクの長袖パジャマを着た姉が、ニコニコと起きてきた。
「……お姉ちゃん、まだ早いよ? もっと寝てたら?」
お願い、もう少し寝てて。
祈るような心で、そう口にした。
「洗濯やる!」
「あ、うん……」
仕方がない。音を立ててしまった私が悪い。
どうしよう、間に合うかな……。
「じゃあ、タオルお願いして良いかな?」
「うん」
干しやすいハンドタオルをお願いし、衣類をさっさと干していく。どうしよう、間に合うかな?
時計を確認しながら、常に時間ばかりを考えていた。
「あー! 出来ない!」
姉がタオルをブンブンとし始めた。
……やっぱ、そうなるか。
出来る時と、出来ない時。出来ない時に笑って戯けるか、こうやって気持ちが不安定になるかはその時で違う。勿論私にはその基準は分からないし、姉もおそらく分かっていないだろう。
だけど、これだけは分かる。辛いのは上手く出来ずにイライラしてしまう姉だって。だからこそ。
「タオルを先に掛けて、洗濯バサミで留めるの。その後に伸ばすとやりやすいよ」
出来るだけ寄り添い、同調するようにする。
すると先程までのイライラとした表情は消え、パァァァと笑顔になる。たったこれだけの対応で自信が付き、朝を調子良く過ごせる。
だから出来るだけ寄り添いたいと思っているけど。
「あ、時間! これで最後だよ?」
「うん!」
当たり前だけど、時の流れは待ってくれない。限られた時間の中で、いかに効率良く動くか。常に抱える課題だ。
タオルを干し終わり姉の顔をチラッと見ると、誇らしい表情。そうゆうのは、本当に嬉しい。
洗濯カゴを軽快に持ち上げた私は、歯磨きの声掛けを行う。
不意に見えた柱時計の時刻は六時十分、十分オーバー。
時の流れは、容赦なく迫ってくる。
一緒に歯磨きをして、炊飯器からご飯をよそい、お弁当の残りである卵焼きとウインナーを出す。
食べこぼし用のエプロンを付け、お箸は使えないからスプーンとフォークを出し、コップを使って飲めないからストロー付きコップにお茶を入れて、ようやく朝ご飯となる。
パクパクと食べる私に対し、姉はゆっくりモグモグと食べている。食事を詰める危険がある為に早く食べるようには言えず、その間にフライパンや私の食器を片付ける。
七時前。二人で制服に着替えて、姉が出来ない小さなボタン留めを一つずつ代わりに行い寄れた場所を直す。
次に髪をとき、姉の好きな髪型であるポニーテールにして好きな髪ゴムで括る。
やっぱり心はあり、女性として身なりを整えたいという当たり前の感情を持っていて、私はそれを大切にしたいと思っている。
柱時計が七時の鐘を鳴らす。これからは、私自身の勝負だ。
姉のリュックに学校で過ごす服、食事用エプロン、スプーンフォークのセット、ストロー付きコップ、そして冷えたお弁当を入れる。
最後は、学校とやり取りしているノート。就寝起床時間、夜朝の食事有無、下校後や朝の様子、特記事項を書き込むようになっている。
昨日、姉が道路に飛び出してしまったことを既に書きこんであり、今後も衝動的な行動に気を付けて欲しいと重ねて頼んだ。
気を付けないと。
そう思いながら私の学生カバンにお弁当とお箸箱、ハンカチなどを入れファスナーを締め、胸元までの髪を髪ゴムで一つにまとめたら完成だ。
姉の食器を洗ってる時間はない。帰ってきてからの仕事を残してしまった私はモヤモヤとした気持ちになるが、時間は止まってくれない。だから仕方がない、そう仕方がないのだから。
ピピピピ、ピピピピ。
スマホのアラームを止め、ブレザーのポケットにスッと仕舞う。
「七時半です、学校に行きます」
子供向けのアニメが終わりテレビを消した姉に、私は時計の絵を描いたカードと柱時計を指差す。
姉は時計を読めないけど時間の概念はあり、時計通りに動く生活習慣はある。だから理解出来なくても、毎日続けると決めている。
玄関は姉が一人で出て行かないようにと内鍵も使用していて、鍵は父と私が一本ずつ持参している。
外の世界は魅力がいっぱいで、扉を開けた瞬間にキラキラとした景色が広がっている。
自宅付近は田舎道であり、車は滅多に通らないが油断は出来ない。ドアを明ける瞬間は、いつも神経を尖らせている。
「道路では?」
「飛び出さない」
「うん、そうだね。行こう」
私は姉に顔を向けながら学生カバンを肩にかけ、体操服の入った手提げを左手で握り右手で姉の手を握る。
「……あ」
「何?」
「トイレ」
「え!」
そうゆうことにより、時間配分がズレるのはいつものこと。時間を多めに取っておいて良かったと思いつつ、気持ちが焦ってしまう。
しかしこうゆう焦りが事故を起こすことになるから、冷静でいなければならない。
もう一度道路での注意を話して手を繋ぎ、置いておいた学生カバンを手に取り玄関ドアを開ける。
すると爽やかな朝日が差し込んできて寝不足な目に染み、一瞬姉を握っていた手が緩む。
いけない。
私は慌てて、姉の手をギュッと握る。
姉の足が速いが、私は遅い。走ってどこかに行かれてしまったら、それこそ行方が分からなくなるぐらいに。
道路への飛び出しも相まって、迷子の危険もある。
だからこそ私はこの手を絶対に離せない。昨日の二の舞にならないように。
「今日も晴れだね」
「うん。運動会の練習!」
「六月にあるんだもんね?」
「うん」
手を繋いで和やかに会話をしつつ、絶対に気を抜かないように張り詰めること二十分。ようやくスクールバスの停留所に辿り着いた。
「おはようございます」
既にお母さん方三人は集まり、楽しそうに雑談をしているようだった。だけどそんな賑やかな雰囲気には似つかわしくないほどに子供さんの手をギュッと握っており、突発的な行動に構えているのはうちだけではない。
「未咲ちゃん、これから学校?」
「本当に毎日、頑張ってるね」
いえ、全然。
そう返事する顔は、今日も笑えているのかが分からない。
そうしている間にスクールバスが来て、乗降口から一人ずつ乗って行く。
「学校に着くまで座って待ってるんだよ」
「うん! 行ってきます!」
いつも姉に伝える言葉だ。
それを確認したから絶対にルールを守れるかというと、そうゆうわけではない。だけど事前に確認するのは大切であり、その回数は確実に減る。だから私は、毎日声掛けを忘れない。
「よろしくお願いします」
去って行くバスに手を振り、お母さん方に頭を下げてその場を離れたら、ようやく私は一人になれる。
「はぁ……」
気付けば体は脱力し、大きな溜息を吐いていた。
「未咲ちゃん」
背後よりかけられた声に体がビクッとなった私は、恐る恐るそっちに目を向ける。
「学校まで送って行こうか?」
「い、いえ。近いので! ありがとうございます」
頭をぺこりと下げ、私は学校の方向へと駆けて行く。
聞かれてないかな……?
そんな一抹の不安を抱えて。
……学校、行きたくないな。
走りながら見上げた空には、流れる入道雲。それが視界に入った途端、不意に過った感情。
また、あの息苦しい教室に行かないといけない。勉強だって付いていけてない。そこで私は小さくなり、息を潜めなければならない。
だって、クラスのお荷物だから。
すると私の足は止まり、ボーと車道を眺める。するとそこには横並びになった制服姿の女子二人が、自転車に乗り笑いながらスーと私を追い抜いていく。
いいな。楽しそうで。
そんな感情が、一気に溢れてくるのを感じた。
だから私は、目をギュッと閉じ心に蓋をする。
こうすれば、ほら元通り。私は何も感じない。
今日の体育はソフトテニスだし、亜美と渚に教えてもらえる。
そう思い学校へ駆けていく。
朝五時。私より先に目を覚ました太陽が、閉められたカーテンより顔を出す朝。寝室にスマホのアラームが鳴り響く。
それを手探りで瞬時に止め隣に寝ている姉に目を向けると変わらずの寝顔で、ふぅと溜息を吐く。
体と瞼は重く、視界はグラグラとする。あと五分だけ眠りたいと枕に顔をポンと置くけど、そうはいかない。
姉が起きてしまったら、様子を見ながら家事をしないといけない。朝はとにかく時間との戦いの為、姉を起こさないようにそっと襖を開けて出て行く。
洗濯機を回し、炊飯器で炊けたホカホカのご飯をピンクと赤のお弁当箱に詰め冷まし、お弁当の卵焼きとウインナーを炒め始める。焼き時間の間にじっとしているのは勿体無いので、洗った食器を布巾で拭いて食器棚に片付けていく。帰ってきてからの自分を困らせない為に、空き時間を作らず出来ることは今する。それが私の中での決め事だ。
お弁当箱のご飯が冷めた頃、次は冷えたおかずを詰めていく。そうは言っても殆ど昨日の残り物で、隙間を埋めていく感じが正しいだろう。
とにかく朝は時間がない。こうしてなんとか回していくしかないから。
ピー、ピー、ピー。
五時四十五分。予定通り洗濯機が止まり、パンッ、パンッと服やタオルの皺を伸ばしながら一枚ずつ出していると、今一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「おはよう、みーちゃん」
ピンクの長袖パジャマを着た姉が、ニコニコと起きてきた。
「……お姉ちゃん、まだ早いよ? もっと寝てたら?」
お願い、もう少し寝てて。
祈るような心で、そう口にした。
「洗濯やる!」
「あ、うん……」
仕方がない。音を立ててしまった私が悪い。
どうしよう、間に合うかな……。
「じゃあ、タオルお願いして良いかな?」
「うん」
干しやすいハンドタオルをお願いし、衣類をさっさと干していく。どうしよう、間に合うかな?
時計を確認しながら、常に時間ばかりを考えていた。
「あー! 出来ない!」
姉がタオルをブンブンとし始めた。
……やっぱ、そうなるか。
出来る時と、出来ない時。出来ない時に笑って戯けるか、こうやって気持ちが不安定になるかはその時で違う。勿論私にはその基準は分からないし、姉もおそらく分かっていないだろう。
だけど、これだけは分かる。辛いのは上手く出来ずにイライラしてしまう姉だって。だからこそ。
「タオルを先に掛けて、洗濯バサミで留めるの。その後に伸ばすとやりやすいよ」
出来るだけ寄り添い、同調するようにする。
すると先程までのイライラとした表情は消え、パァァァと笑顔になる。たったこれだけの対応で自信が付き、朝を調子良く過ごせる。
だから出来るだけ寄り添いたいと思っているけど。
「あ、時間! これで最後だよ?」
「うん!」
当たり前だけど、時の流れは待ってくれない。限られた時間の中で、いかに効率良く動くか。常に抱える課題だ。
タオルを干し終わり姉の顔をチラッと見ると、誇らしい表情。そうゆうのは、本当に嬉しい。
洗濯カゴを軽快に持ち上げた私は、歯磨きの声掛けを行う。
不意に見えた柱時計の時刻は六時十分、十分オーバー。
時の流れは、容赦なく迫ってくる。
一緒に歯磨きをして、炊飯器からご飯をよそい、お弁当の残りである卵焼きとウインナーを出す。
食べこぼし用のエプロンを付け、お箸は使えないからスプーンとフォークを出し、コップを使って飲めないからストロー付きコップにお茶を入れて、ようやく朝ご飯となる。
パクパクと食べる私に対し、姉はゆっくりモグモグと食べている。食事を詰める危険がある為に早く食べるようには言えず、その間にフライパンや私の食器を片付ける。
七時前。二人で制服に着替えて、姉が出来ない小さなボタン留めを一つずつ代わりに行い寄れた場所を直す。
次に髪をとき、姉の好きな髪型であるポニーテールにして好きな髪ゴムで括る。
やっぱり心はあり、女性として身なりを整えたいという当たり前の感情を持っていて、私はそれを大切にしたいと思っている。
柱時計が七時の鐘を鳴らす。これからは、私自身の勝負だ。
姉のリュックに学校で過ごす服、食事用エプロン、スプーンフォークのセット、ストロー付きコップ、そして冷えたお弁当を入れる。
最後は、学校とやり取りしているノート。就寝起床時間、夜朝の食事有無、下校後や朝の様子、特記事項を書き込むようになっている。
昨日、姉が道路に飛び出してしまったことを既に書きこんであり、今後も衝動的な行動に気を付けて欲しいと重ねて頼んだ。
気を付けないと。
そう思いながら私の学生カバンにお弁当とお箸箱、ハンカチなどを入れファスナーを締め、胸元までの髪を髪ゴムで一つにまとめたら完成だ。
姉の食器を洗ってる時間はない。帰ってきてからの仕事を残してしまった私はモヤモヤとした気持ちになるが、時間は止まってくれない。だから仕方がない、そう仕方がないのだから。
ピピピピ、ピピピピ。
スマホのアラームを止め、ブレザーのポケットにスッと仕舞う。
「七時半です、学校に行きます」
子供向けのアニメが終わりテレビを消した姉に、私は時計の絵を描いたカードと柱時計を指差す。
姉は時計を読めないけど時間の概念はあり、時計通りに動く生活習慣はある。だから理解出来なくても、毎日続けると決めている。
玄関は姉が一人で出て行かないようにと内鍵も使用していて、鍵は父と私が一本ずつ持参している。
外の世界は魅力がいっぱいで、扉を開けた瞬間にキラキラとした景色が広がっている。
自宅付近は田舎道であり、車は滅多に通らないが油断は出来ない。ドアを明ける瞬間は、いつも神経を尖らせている。
「道路では?」
「飛び出さない」
「うん、そうだね。行こう」
私は姉に顔を向けながら学生カバンを肩にかけ、体操服の入った手提げを左手で握り右手で姉の手を握る。
「……あ」
「何?」
「トイレ」
「え!」
そうゆうことにより、時間配分がズレるのはいつものこと。時間を多めに取っておいて良かったと思いつつ、気持ちが焦ってしまう。
しかしこうゆう焦りが事故を起こすことになるから、冷静でいなければならない。
もう一度道路での注意を話して手を繋ぎ、置いておいた学生カバンを手に取り玄関ドアを開ける。
すると爽やかな朝日が差し込んできて寝不足な目に染み、一瞬姉を握っていた手が緩む。
いけない。
私は慌てて、姉の手をギュッと握る。
姉の足が速いが、私は遅い。走ってどこかに行かれてしまったら、それこそ行方が分からなくなるぐらいに。
道路への飛び出しも相まって、迷子の危険もある。
だからこそ私はこの手を絶対に離せない。昨日の二の舞にならないように。
「今日も晴れだね」
「うん。運動会の練習!」
「六月にあるんだもんね?」
「うん」
手を繋いで和やかに会話をしつつ、絶対に気を抜かないように張り詰めること二十分。ようやくスクールバスの停留所に辿り着いた。
「おはようございます」
既にお母さん方三人は集まり、楽しそうに雑談をしているようだった。だけどそんな賑やかな雰囲気には似つかわしくないほどに子供さんの手をギュッと握っており、突発的な行動に構えているのはうちだけではない。
「未咲ちゃん、これから学校?」
「本当に毎日、頑張ってるね」
いえ、全然。
そう返事する顔は、今日も笑えているのかが分からない。
そうしている間にスクールバスが来て、乗降口から一人ずつ乗って行く。
「学校に着くまで座って待ってるんだよ」
「うん! 行ってきます!」
いつも姉に伝える言葉だ。
それを確認したから絶対にルールを守れるかというと、そうゆうわけではない。だけど事前に確認するのは大切であり、その回数は確実に減る。だから私は、毎日声掛けを忘れない。
「よろしくお願いします」
去って行くバスに手を振り、お母さん方に頭を下げてその場を離れたら、ようやく私は一人になれる。
「はぁ……」
気付けば体は脱力し、大きな溜息を吐いていた。
「未咲ちゃん」
背後よりかけられた声に体がビクッとなった私は、恐る恐るそっちに目を向ける。
「学校まで送って行こうか?」
「い、いえ。近いので! ありがとうございます」
頭をぺこりと下げ、私は学校の方向へと駆けて行く。
聞かれてないかな……?
そんな一抹の不安を抱えて。
……学校、行きたくないな。
走りながら見上げた空には、流れる入道雲。それが視界に入った途端、不意に過った感情。
また、あの息苦しい教室に行かないといけない。勉強だって付いていけてない。そこで私は小さくなり、息を潜めなければならない。
だって、クラスのお荷物だから。
すると私の足は止まり、ボーと車道を眺める。するとそこには横並びになった制服姿の女子二人が、自転車に乗り笑いながらスーと私を追い抜いていく。
いいな。楽しそうで。
そんな感情が、一気に溢れてくるのを感じた。
だから私は、目をギュッと閉じ心に蓋をする。
こうすれば、ほら元通り。私は何も感じない。
今日の体育はソフトテニスだし、亜美と渚に教えてもらえる。
そう思い学校へ駆けていく。



