「亡くなった母ね、姉と私に手紙を書いていたみたいなの。父に今渡した方が良いかなって、昨日渡されて……」
 リュックより取り出したのは生前の母が最後にと書き綴ったもので、白い封筒に入った物だった。
 読む機会はいくらでもあったけど、私は怖くてこの時を選んだ。五十嵐くんが側にいてくれるタイミングに。

 封筒の宛先名は「二十歳の未咲へ」だった。

「二十歳?」
「成人したらという意味だったみたい」
「あ、そっか。前は二十歳だったんだよな?」
「……うん」
 目を閉じると、暖かな風がふわっとまた髪を揺らした。

 母は生きれなかったから、この時代の流れを知らない。
 姉が成長したことも、私が京子先生に憧れて保育士を志すことも、私には五十嵐くんが居てくれることも。

 時を止めるということはそうゆうことなのだと、胸が締め付けられていく。

 封筒より手紙を取り出すとそれは文字が歪で、かろうじて読めるけど手元が安定しなかったのだと分かる。
 おそらく癌が転移し余命宣告を受けた後、残していく娘達へと宛てた最後の手紙。
 それを私は、十八歳になったこの日に読む。


 未咲へ
 この手紙を読んでいるということは、立派な大人になっていることでしょう。
 そしてお母さんは、残念ながらこの世には居ないことでしょう。
 未咲、ずっと我慢させてきてごめんね。
 淋しい思いをさせてごめんね。
 優しいあなたにいつも甘えてきた。
 お母さんは良い母親ではなかった。
 こんなどうしようもないお母さんの、最後の願いを聞いてくれませんか?
 あなたは昔からから優しくて明日香に何でも譲っていたから、お母さんはそれが気掛かりでなりません。
 確かに二人は双子であり姉妹だけど、明日香のことは未咲には関係ないこと。
 姉妹は大人になれば、別々の人生を生きていくもの。
 だから、誰かの為でなく、自分の為に生きてください。
 未咲は未咲の人生を生きてください。
 だってあなたの名前は、未来に花を咲かせて欲しい。その願いを込め、お父さんとお母さんが名付けたのだから。
 どうか、幸せになってください。
 お父さんとお母さんは、そう願っています。
 最後に、お父さんとお母さんは未咲が大好きです。
 ずっと見守っているからね。


 母が遺した言葉の数々に目から溢れてくる、熱い涙が止まらない。

 母は私の淋しさを理解してくれていた。
 私の幸せな未来を願ってくれていた。
 私は愛されていた。
 その気持ちが詰め込まれている手紙に、私は何度も何度も読み返す。
 

 私は今日で大人になった。自分で物事を決められる大人に。
 つまりそれは姉に対して、私も決定権を持つという意味になる。
 何かあった時に私が周りの人を拒絶し姉を囲い込んでしまったら、また元に戻ってしまう。だから常に一線を引いて考えなければならない。私達は大人になった姉妹。姉の自立を妨げてはいけないのだから。

 父には、好きに生きて欲しいと言われている。
 家で暮らすのも、一人暮らしをするのも、誰かと暮らすのも未咲が決めることで、そこに家の事情を挟むのは絶対にやめて欲しいと強く。
 この先どうしたいかは分からないけど、少なくても今は父と姉と三人で暮らしたい。それが私の幸せだから。

 だから私は覚悟を決める。これから先、常に自分主体で考え幸せになれる方法を模索していくことを。
 私達は、自分の為に生きていくのだから。