「渡辺は幼稚園教諭二種免許と、保育士資格を取得の為に短大の保育科に進学希望。それで良いか?」
「はい」
父ではなく本人である私に意思確認をしてくれた先生の顔を見つめ、コクンと頷く。
保育士だけの資格取得なら独学で取得出来るけど、私は短大に進学を希望する。
それは、難病児保育や障害児保育について学びたいから。病気や障害を抱える兄弟姉妹が居る子供に対しての、ケアについて学びたいから。
私みたいな人が「ヤングケアラー」と呼ばれていたのは知っていたけど、病気や障害を抱える兄弟姉妹がいる人のことを「きょうだい児」と呼ばれていたことは知らなかった。
五十嵐くんに渡された単行本によりその実情を知り、私と同じ境遇だった人の体験談が数々と掲載されてあった。
それは私が抱えていた淋しさや苦しさを全て言語化してくれたみたいに、心の中で一つずつ浸透していった。
その中で心に残ったのは、幼少期からムリに笑い続けていたら哀の感情が分からなくなってしまいどれほど悲しくても笑ってしまうという衝撃の内容だった。
子供の頃に京子先生が「無理して笑わなくていい」と言ってくれなかったら、私も同様に何に対しても笑い続け本当の自分が今でも分からなかったかもしれない。
だから、なりたいの。姉のように不安な世界で生きていかないといけない子供の不安を軽減出来るような保育士に。
私のように淋しい気持ちを抱えている子供に寄り添い、無理しなくて良いのだと伝えられる京子先生のような人に。
……そうは言っても、私は動くのが遅すぎた。
志望する短大は指定校推薦枠があるが、当然ながら出席日数や内申点が大きく考慮される。遅刻、早退、欠席。それに加え宿題は提出出来ず、授業中に居眠りしている生徒なんて学校から推薦してもらえるわけない。
それに推薦枠を考えている同級生達は、小論文の書き方を放課後に行われていた授業で習い、面接の模擬練習を受けており私より前に進んでいる。
だから私は一般入試を受けることになるが、当然試験を受けることになる。
勉強に全然付いていけてない私が、果たして間に合うのか。その現実が重くのしかかる。
「そうだな。正直、今から勉強しても間に合わないだろう」
「はい……」
先生からの言葉に、目をギュッと閉じる。
「だから。推薦するから、小論文と面接を頑張りなさい。まあ、推薦は一般より早いからそれも時間ないけどな」
「……え?」
その言葉にゆっくりと顔を上げると、先生は優しい瞳を私に向けてくれていた。
私を推薦? 基準なんて全く満たしていないのに?
「お父さん。未咲さんは皆が手を抜く中、清掃活動などの行事を真面目に頑張ってますよ。出来る範囲で勉強を頑張っていました。推薦は進学後に真面目に勉強するであろうと生徒を推す枠で、未咲さんならやり遂げるだろうと学校で判断しました。……だから、これからは自分の為に頑張りなさい」
先生の目は真っ直ぐで、いつも私に向けてくれるものだった。
「ありがとうございます」
自分の為に頑張る。
その言葉は私の胸に沁み込んでいき、本当にこれで良いのかと心の奥で引っ掛かっていた呪縛を解いてくれる力ある言葉だった。
こうして三者面談は終わり、父は早々に立ち上がり深く頭を下げた。
「先生、本当にありがとうございました。娘には家のこと姉のことを任せきりにしていて、この先を考えなければならないことを失念していました。先生からの電話のおかげです」
え?
澤井先生に顔を向けるとどこまでもバツが悪そうな表情を浮かべ、指で額を掻いている。
話を聞くと、私が姉を置いていってしまった同時刻。澤井先生は父に進路について考えてあげてほしいと電話してくれたらしい。
父からしたらその後に京子先生から姉を預けたいと電話がかかってきたことから、気が気ではなかっただろう。
「悪いな、勝手なことして……。どうしても放っておけなくてな……」
一度逸らされた目は、また私をとらえてくる。
それは大人が子供見つめるような、温かなものだった。
『周りの大人はね、未咲ちゃんを助けたいと願っているの』
その言葉が、私の中でまた沁み込んでいく。
京子先生。先生の言う通りで、こうやって気に留めてくれた大人は居てくれました。
……なのに私は跳ね除けていた。どう頼って良いのかが分からなかったから。
「はい」
父ではなく本人である私に意思確認をしてくれた先生の顔を見つめ、コクンと頷く。
保育士だけの資格取得なら独学で取得出来るけど、私は短大に進学を希望する。
それは、難病児保育や障害児保育について学びたいから。病気や障害を抱える兄弟姉妹が居る子供に対しての、ケアについて学びたいから。
私みたいな人が「ヤングケアラー」と呼ばれていたのは知っていたけど、病気や障害を抱える兄弟姉妹がいる人のことを「きょうだい児」と呼ばれていたことは知らなかった。
五十嵐くんに渡された単行本によりその実情を知り、私と同じ境遇だった人の体験談が数々と掲載されてあった。
それは私が抱えていた淋しさや苦しさを全て言語化してくれたみたいに、心の中で一つずつ浸透していった。
その中で心に残ったのは、幼少期からムリに笑い続けていたら哀の感情が分からなくなってしまいどれほど悲しくても笑ってしまうという衝撃の内容だった。
子供の頃に京子先生が「無理して笑わなくていい」と言ってくれなかったら、私も同様に何に対しても笑い続け本当の自分が今でも分からなかったかもしれない。
だから、なりたいの。姉のように不安な世界で生きていかないといけない子供の不安を軽減出来るような保育士に。
私のように淋しい気持ちを抱えている子供に寄り添い、無理しなくて良いのだと伝えられる京子先生のような人に。
……そうは言っても、私は動くのが遅すぎた。
志望する短大は指定校推薦枠があるが、当然ながら出席日数や内申点が大きく考慮される。遅刻、早退、欠席。それに加え宿題は提出出来ず、授業中に居眠りしている生徒なんて学校から推薦してもらえるわけない。
それに推薦枠を考えている同級生達は、小論文の書き方を放課後に行われていた授業で習い、面接の模擬練習を受けており私より前に進んでいる。
だから私は一般入試を受けることになるが、当然試験を受けることになる。
勉強に全然付いていけてない私が、果たして間に合うのか。その現実が重くのしかかる。
「そうだな。正直、今から勉強しても間に合わないだろう」
「はい……」
先生からの言葉に、目をギュッと閉じる。
「だから。推薦するから、小論文と面接を頑張りなさい。まあ、推薦は一般より早いからそれも時間ないけどな」
「……え?」
その言葉にゆっくりと顔を上げると、先生は優しい瞳を私に向けてくれていた。
私を推薦? 基準なんて全く満たしていないのに?
「お父さん。未咲さんは皆が手を抜く中、清掃活動などの行事を真面目に頑張ってますよ。出来る範囲で勉強を頑張っていました。推薦は進学後に真面目に勉強するであろうと生徒を推す枠で、未咲さんならやり遂げるだろうと学校で判断しました。……だから、これからは自分の為に頑張りなさい」
先生の目は真っ直ぐで、いつも私に向けてくれるものだった。
「ありがとうございます」
自分の為に頑張る。
その言葉は私の胸に沁み込んでいき、本当にこれで良いのかと心の奥で引っ掛かっていた呪縛を解いてくれる力ある言葉だった。
こうして三者面談は終わり、父は早々に立ち上がり深く頭を下げた。
「先生、本当にありがとうございました。娘には家のこと姉のことを任せきりにしていて、この先を考えなければならないことを失念していました。先生からの電話のおかげです」
え?
澤井先生に顔を向けるとどこまでもバツが悪そうな表情を浮かべ、指で額を掻いている。
話を聞くと、私が姉を置いていってしまった同時刻。澤井先生は父に進路について考えてあげてほしいと電話してくれたらしい。
父からしたらその後に京子先生から姉を預けたいと電話がかかってきたことから、気が気ではなかっただろう。
「悪いな、勝手なことして……。どうしても放っておけなくてな……」
一度逸らされた目は、また私をとらえてくる。
それは大人が子供見つめるような、温かなものだった。
『周りの大人はね、未咲ちゃんを助けたいと願っているの』
その言葉が、私の中でまた沁み込んでいく。
京子先生。先生の言う通りで、こうやって気に留めてくれた大人は居てくれました。
……なのに私は跳ね除けていた。どう頼って良いのかが分からなかったから。



