もしも、巡る季節が止まってくれたら

 夕飯の買い物を終わらせ店より出てくると日は西に傾いており、暖かなオレンジへと色濃くしている。
 穏やかな夕方、目の前に舞うのは一匹の黄色い蝶。

「あ、ちょうちょ!」
 無邪気な声と共に、放たれる手。
 それは一瞬の出来事だった。繋いでいた手を振り解き、舞う蝶を追いかけて道路に駆けていく姉。しかも間が悪いことに対向車より車が近付いていて、突然の飛び出しに急ブレーキをかける音が平凡な住宅地に鳴り響く。

 ギュッと閉じていた目を開けると私は姉を抱き締めていて、目の前にはクラクションを鳴らす乗用車。
「す、すみません!」
 私は姉の手を引いて足早に車道より出て行き、何度も何度も運転手さんに頭を下げる。
 気付けば私まで車道に飛び出してしまっていたようで、しかも手を引いて車道から離れるとか突き飛ばして助けるとかもせず、ただ姉を抱きしめているだけだった。

「……あ、……あ」
 あまりの衝撃に声が出なくなってしまった姉は唇を震わせ、目はどんどんと潤んでいく。
「お姉ちゃんダメだよ! 道路に飛び出したら、車にひかれて死んじゃうかもしれないんだよ!」

「うああああああ!!」
 私の言葉で我慢の限界を迎えたようで、歩道に寝っ転がり手足をバタバタとさせて大声を上げる。
 外でこうやって泣き叫ぶけど、私は口調を強める。命に関わることだけは怒って言い聞かせると決めているから。

「うわあ、ないわ……」
「かわいそー。分かってないんだよね?」
 声がする方に顔を向けると、そこに居たのは自転車より降りこちらを凝視してくる女子二人。服装は私と同じ制服で同じ高校だと分かるけど、同じクラスではないから別学年のようだ。
 私は相手を知らないけど、相手は私達を知っている。それはよくあることで、こうゆう時はザワザワとしたものが私の中に押し寄せる。また私は、情がない妹として認識されたのだと。
 だけど、私は姉を宥めない。悪いことをしたと分かってもらう為に、その場限りの取り繕いなんかしない。
 だから、そんな視線も言葉も慣れた。


 十五分ぐらいが経った頃だろうか。通行の邪魔にならないようにと歩道の端に寄せた姉が自分からムクリと起き上がり、ポケットからハンカチを出して自分で涙を拭っている。
 ようやく気持ちが落ち着いたようで、話が出来る頃合いだ。
「これからは気を付けてね。大きい声を出してごめんね」
「みーちゃん、ごめんなさい!」
 私の体に両腕を回し、ギュッと抱き付いてくる。
 分かってくれたようで、自分から私の手をしっかり握ってきた。

 姉は車道に飛び出してはいけないことは分かっているけど、突発的な行動に出ることがある。それは知能が三歳程度だから。三歳の子供が無邪気に蝶を追いかけ、うっかり車道に出てしまうのと同じことらしい。
 それに加え姉は脳障害も抱えており、理性により感情や行動を抑制を促す前頭葉が損傷している。その為に突発的な行動を抑制するのは難しいが、事前に注意を促したり失敗した時に叱ることで、失敗体験として頭に残りやすい。
 だから私は、泣かせてでも言い聞かせる。姉の命を守る為に。

 姉を三歳の子供だと思い注意深く関わらないといけないが、だけど心は当然十七歳。接し方は三歳の子供に寄り添うように、だけど相手は自分と同じ十七歳の女性だと心掛け関わるようにしている。