「人生なんて分からねーよな? 病気だった俺が生き、健康な兄が死んだ。『お前だって、いつどうなるか分かんねーんだからよ。だから好きに生きたら良いだろ?』。……そう、担任に言われた」

「澤井先生?」
「ああ。進路希望調査票を出した途端、呼び出し食らってよ。『両親や兄の為に生きても誰も喜ばねーぞ。自分の人生は自分しか責任取れないからしっかり向き合え』ってな。本当に余計だよな? でも親に薬学部じゃなくて看護学校に通いたいと話したら、何でもっと早く言わなかったんだとどやされて、拍子抜けするぐらいにあっさり受け入れられた。両親は別に、兄の代わりになれなんて思っていなかった。ようやく気付けて、意味もなくイライラしていたものが消えたような気がした。……だからこそお前のことが気になった。誰かの為に生きると決めている、お前をな」
 遠くを見ていた目はまた私に向けてきて、揺るがない目で私をとらえる。

「お前、姉さんと二人で溺れてもし一人乗りのボートがあれば、迷う事なく姉さんに譲るだろ? 姉さんが溺れていたら、間違いなく飛び込むだろう? 泳げなくても。……車に飛び出した姉さんを見て、お前も飛び出していたからな。肝が冷えたよ、ためらいもなく飛び込むんだからよ? ダメだろ、そんなんじゃ。自分の命も大事にしろよ。人生も。頼むから、兄みたいになるなよ……」
 言葉に詰まったその目はまた潤み、また遠くの海に視線は戻っていく。亡くなったお兄さんを思っているのだろうか。

 太陽はより濃い茜色を彩っていて、海を染め上げていく。もう間もなく、日没の時刻を迎えるようだ。