「……そうだよ。俺がお前の姉さんを助けたんじゃない。俺がお前の姉さんに助けられたんだ。だから、感謝されるのは筋違いだったんだ」
 こちらに向ける眉は下がり、吐き出す息は深い。
 何かあると思っていた、姉と五十嵐くんとの出会い。
 海に入っていたのは、五十嵐くんの方だったんだ。

「兄が帰って来なかった日から、川とか海とかプールさえも怖かったのに。近付きたくなかったのに。あの日は兄に呼ばれた気がして。気付けば海に入り込んで呆けていた。だから別に、お前が考えるような変なことを考えていたわけじゃねーし」

 五十嵐くんはそう言ってるけど、聞いたことがある。
 不慮の事故とかで早くに大切な人を亡くすと、その人が亡くなった年齢を越してはいけないと感じてしまう人が居ると。その相手に罪悪感を抱いていたら尚更。
 五十嵐くんは、ずっと一人で苦しんでいたんだ。
 気付けば握っていた手は、より震えていた。

「だから、そんな深刻な話じゃねーって。そんな俺の目の前に天使が現れたんだ。そいつは俺を覗き込んで、ゲラゲラと笑っていた」
「それって」
「お前の姉さん。驚いたよ。顔はお前と同じなのに、見たことのない笑顔で俺に笑いかけてくんの。そうかと思えば、手で掬った海水を俺にぶっ掛けきてよ。ふざけんなっと思ったけどよ、あまりにもケラケラと笑うから怒りよりなんか笑えてきて。だからよ、海で遊ぶのは危ないから、浜辺で遊ぶように言ったんだ。そしたらお前の姉さん俺の手を引いてきて、一緒に遊ぼうと海から出してくれた。気付けば俺、浜辺で初対面の奴と砂浜で山作ってた。中学の頃、兄が俺と遊んでくれた時みたいに。お前の姉さんが笑った顔、なんかあの人に似ててな。こいつは家族の元に帰さないといけない。そう思って、カッターシャツのポケットに入れたままになっていたスマホを取り出して警察に通報した。お前の姉さんが来てくれなかったらスマホまで水没してたかもな、兄とのやり取りもあるのによ。そんなこと考えながら姉さんを眺めていると、今度は同じ顔の奴が走り込んできて、そいつのこと抱きしめていた。その姿にまた親を苦しめるところだったと、ようやく気付けたから」
 私に向ける目は柔らかく、僅かに微笑んでいる。
 あの時、私は自分のことばかりで側に居てくれた人に意識がいってなかった。そんなことを考えていてくれたなんて。