「三年前の夏休み前日。終業式を終えて兄と俺は、近所のプールに遊びに行きその帰りだった。心臓のことがあるからとプールだけは避けていたけどようやく出来てよ、夏は受験勉強の鬱憤をプールで発散する。そんなことを兄と話しながら、海岸通りを歩いていたな……。その時に異変に気付いてよ。海に子供がポツポツと居て、大人でも足なんか付かないほど奥地で、やっとそこで溺れていると気付いた。立ち尽くす俺に落ち着いて118に電話してと言い残し兄はためらうことなく海へ足を踏み入れ、そのまま波に飲まれて消えていった。結局、その子供らも助けられなかったし、犠牲者が三人から四人になっただけ。悲しむ家族が増えただけ。高三、十八歳と三ヶ月。それ以上歳はとらず、弟に抜かれた。バカだよな。何で自分が死ぬかもとか考えねーんだよ、ああゆう奴は。優しすぎるんだよ、兄は。それを止めずに呆けていた俺は大バカだけどな。だから兄は死んだ。死んでしまった……」

 あまりにも哀しい声が、海の波音により消えていく。
 三年前に起きた小学生三名と、助けようとした高校生一名が亡くなった水難事故。
 それがまさか、五十嵐くんのお兄さんだったなんて。

「親は兄の死後。淋しい思いをさせ負担までかけてしまったと、後悔して泣き喚くし。罪だよ、親より先に死ぬなんて。……そうさせた俺もな」
「そんな、五十嵐くんのせいじゃないよ!」

「俺だよ。俺が兄を、自分より他人を思いやる性格にしちまったんだ。……だから他人の為に死んだ」
 俯いたまま両手で額を覆い、髪をグシャとさせる。
 深い息づかいになり、肩は震え、鼻を啜る音が僅かに聞こえた。
 だから私は、そっと身を寄せる。
 大切な家族を亡くした人に、軽く声なんてかけられない。
 それは時に、相手を傷付ける。
 私が母を亡くした時に、何も言わずに寄り添ってくれた亜美と渚のように五十嵐くんにただ身を寄せた。

 夕日が少しずつ傾いていき、茜色に染まっていく。
 それは昨日見た歪んだものとは違い、ハッキリとした輪郭を私は認識出来ている。

 私の心は、まだ死んでいなかった。
 人の心が分かる。痛みが分かる。苦しさが分かる。
 姉以外にも、力になりたいと思える人が居る。
 自分を変えたいと、初めて思えた。