「……私が悪いです。私の勝手で姉を苦しめました」
「何をしたの?」
「もう会わないと勝手に決めました。そのくせ姉が彼に会いたいと泣くから、その声を聞くのが耐えられなくて……」
「だから、心が限界を迎えて身を守る為に体が動いた。五十嵐くんだよね?」
 小さく頷くとあの日の光景が目に浮かび、私は顔を上げることが出来なかった。

「どうして?」
「あの人と居ると、苦しいから……」
 蓋をして閉じ込めていた想いを、私は声に出すことで放出させていく。

 そっか。私は一緒に居ることが苦しかったんだ。
 今、一緒に居られないことも苦しいんだ。
 そんな選択しか出来なかった、自分の環境が苦しいんだ。
 ズンとくる胸の痛みに、私は大きく息を吐いた。

「辛かったね。もう、一人で頑張らなくていいよ。もっと周りに頼っていい。未咲ちゃんが変わりたいと願ったら、環境なんていくらでも変えれるし彼にも会える。まずは、人に頼ることから始めよう」

 言われている意味が分からない私は、体を硬直させてしまう。
 頼る? 私はむしろ、頼り過ぎていたぐらいだと思うけど。

「明日香ちゃんが居なくなった時、どうして言ってくれなかったの? 先生、後で聞いて驚いたんだから」
「け、警察の人には言ったので……」
「他の人に、一緒に探してと頼むこと思いつかなかった? それとも、出来なかった?」
「……それは」

 確かにあの時、スマホを手に取り先生に電話しようとした。でも手が動かなくて、声が出なくて。
 私が悪いから、迷惑だから。
 どう、助けを求めていいか分からなかったから。
 だから指が動かなくて、声が出なかった。

「出来ませんでした……」
「どうしてか分かる?」
 小さく首を振りながら考える。どうして私はあの緊急時に、助けを求められなかったのだろう?

「幼少期に甘えられなかった子は、人に頼ることが出来ないから。だって、その経験がないのだから。周りの大人はね、未咲ちゃんを助けたいと願っているの。だけど家庭のことには踏み込めないから、未咲ちゃんが助けてと言ってくれないと私達は何も出来ない。もし今回みたいに無理に二人を離しても、未咲ちゃんが望めば元に戻る。十八歳になったら成人となり、色々と決められる立場になるからね。だから変わりたいと願うなら、未咲ちゃんも覚悟を決めて欲しい。人に頼る覚悟。困った時に助けを求める覚悟。明日香ちゃんが未咲ちゃんを求めて泣いても、外部の人に預ける覚悟。大切な物は譲らない覚悟。それが出来ないと、この状態からは抜け出せないから」

「覚悟……」
 あまりにも小さな声は、吐き出した息と共に消えていく。

 私は、変わりたいのだろうか?
 この状況でもまだそれが分からず、助けの言葉を口に出来ない。
 本当に自分の思った通りに生きて良いのだろうか?
 それは家族を見捨てることにならないのだろうか?
 母のお腹に居る頃から、ずっと一緒だった姉。私達は二人で一つ。そんな錯覚まで起こすぐらいにずっと一緒に居たのに、私がその手を離す。
 そんなことが許されるのだろうか?
 そんな私に、生きている価値はあるのだろうか?

 頭の中でグルグルと回る感情が追いつかず、私はただ小さく息を吐いた。
 声が出せない私は、一生変われないのかもしれない。

「彼にだったら話せるんじゃないの? 五十嵐くん。何でも明日香ちゃんの意思を尊重していた未咲ちゃんが、もう会わないと決めたのは初めての意思表示だったんじゃないの?」
 その言葉にゆっくりと上げる顔。
 そうだ。私は初めて姉の意思に背いて、あの人に会わないという自分の意思を貫いたんだ。
 私はそこまで、五十嵐くんのことが……。

「うまく話すことなんて、出来ません」
 その事実に、首を横に振っていた。

「ムリに要点をまとめて話すんじゃなくて、未咲ちゃんが今吐き出せずに苦しんでいることを話すの。彼なら受け入れてくれるんじゃないかな?」

「……一方的に、会わないと言ってしまいました。そんな身勝手なこと、今更」
「連絡してみたら? 待っててくれるかもしれないし」
 その言葉に、机に置きっぱなしになっていたスマホを開いて操作を始める。
 ブロックを解除し震える指で文字を打ち込もうとするけど、何と打ち込めば良いか分からない。だけど指は私の感情のまま勝手に動いていて「会いたい」と打ち送信ボタンを押していた。

 なんて身勝手な文章なのだろう。
 そう思った私は、メッセージの取り消しボタンに指を重ねようとする。

 ピコン。
『迎えに行く』
 すぐにその返答がきたけど、ハッとなった私は追加で打ち込む。姉はいないと。

 ピコン。
『迎えに行く』
 あまりの即答具合に、私の表情はどんどんと緩んでいった。