五十嵐くんと連絡を断ち一週間。姉と私が出掛けるのは最低限になった。
 朝いつも通りに起きてご飯を食べ、宿題をしてご飯を食べ、買い物に行き、夜ご飯を食べてお風呂に入って寝る。
 そんな決められた生活を、ただ送っていた。

 元に戻っただけ。
 巡る季節に身を任せているだけ、時の流れ通りに生きているだけ。
 平凡な日常が戻って良かった。
 それに疑問を持つことなんてなかったでしょう?
 それなのに。

「お姉ちゃん……」
 玄関前に座り込み、ドアをぼんやり眺めている姉。   
 五十嵐くんと出掛けていた三時頃になるとソワソワとし出し、玄関前で座り込むようになった。
 何度教えても時計読めなかったのに、短い針が三を指したら三時だと楽しみ故に覚えたようだった。

「ここは暑いから。部屋に入ろう? ジュースあるよ?」
「……いらない」
 俯き、膝に置いてある手をギュッと握り締める。

「どこにも行かなくて良いから、大地に会いたい。もう会えないの?」
「ごめん、無理なんだ……」
 そう返答するとスッと立ち上がり、寝室に使用している和室に引き戸を開け入って行く。
 頭を冷やしたい、そうゆうことだろう。

 タオルケットを被って耳を塞ぎ、独り言を呟く。
「大地は勉強で忙しい」、「大地は勉強頑張ってる」、「応援する」。
 そう口にすることで、自分に言い聞かせているのだと、主治医の先生から聞いている。だからこうゆう時は、見守ってあげてほしいと。
 姉は今、抑制出来ない気持ちと戦っている。
 会いたい気持ち、もう会えない事実、相手を大切に想うなら相手のことを想わないといけない。そんな思いと。

 ピッチリ閉められている隣の部屋から聞こえてくる、啜り泣く声と五十嵐くんを呼ぶ声。
 本当は大声で泣きたい、叫びたい。
 その気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

 今、五十嵐くんに連絡をしたら、おそらく来てくれるだろう。
 だけど一ヶ月後は? 半年後は? 一年後は?
 ……そんなの無理に決まっているじゃない。
 別の世界で生きる五十嵐くんを、こっちの世界に縛りつけるなんて。

 分かっているからこそ、姉の泣き声を聞くのが辛い。
 五十嵐くんの名前を呼ぶのが辛い。
 押し殺した声が、私を責められているようで辛い。
 私だって本当は……。

 首に掛けてある内鍵を手繰り寄せて鍵穴に差し込めば、ガチャ、ガチャ、ガチャ、と自由への音を鳴らす。玄関ドアを開ければ、そこに広がるのは外の世界。

 姉の泣き声を聞きたくない。
 そんな一心で一歩踏み出しドアを閉めてしまえば、私の鼓膜に響くのは夏の終わりを知らせる蝉時雨。
 二歩目に進むと、外の暑さを肌で感じる。
 三歩前に進むと、玄関の屋根がなくなり照り付けるほどの日差しを感じる。
 四歩前に進むと、目の前にはキラキラとした世界が私を迎え入れてくれたような気がする。
 五歩、六歩、七歩。
 足は自然と前に進んでいき、一度も振り向くことない。
 感情のまま私は一人、家から出て行ってしまった。障害を抱えた、姉を残して。

 姉を置いていってはいけない。早く引き返さなければならない。
 そんな当たり前のことすら今の私は思考出来ず、ただ足が動くままに前に進んでいく。気持ちが向くままに。