「……未咲ちゃん?」
「え?」
 女性の柔らかな声に振り向くと、そこには声と同様に柔らかな笑顔を浮かべた女性が立っていた。

「あ、京子先生だー!」
 先生を指差し颯爽と駆けてきて、抱きつく。その手は砂まみれだった。
「あー! お姉ちゃんダメー!」
 慌てて体を離し、謝りながら服に付いてしまった砂を払う。
「……ごめんなさい、先生」
 嬉しい感情から突発的に行動に出てしまったようで、姉はオロオロとしてしまう。

「いいの、いいの。それより、覚えていてくれたの?」
「うん」
 京子先生を見上げて、ニッコリと笑う。

「私が保育園に通っていた時に、お世話になってた先生なんだ」
 状況が分からず呆然としていた五十嵐くんに、説明する。

「こんにちわ」
 しっかりと会釈をする姿に、いつもの学校での違いも相まってポカーンとしてしまう。
 でもよくよく考えてみれば、先生に反抗的な姿なんてみたことなかったかも。

「こんにちわ。未咲ちゃんのお友達?」
「……ただの同級生です」
 ボソッと呟く姿に、ただの同級生だったいう事実が胸にチクッと刺さる。

「そっか、仲良くしてあげてね。明日香ちゃんとも、……未咲ちゃんとも」
「……はい」
 俯き髪をワサワサとか掻き上げている顔を、背が低い私には見えてしまう。
 目をキョロキョロさせ、口元が緩む姿を。

 すると目が合い、互いに反対方向に顔を背けてしまう。

「……ケンカでもしたの?」
 姉が眉を下げ、オロオロとした表情でそう聞いてくる。

「違うから安心しろ」
「そうそう。五十嵐くんと私は仲良しだから大丈夫だよ」
 そう口にした途端に、カァァァと急上昇する体温。
 父と私が疲れた顔をしていると、姉は私達がケンカしたのだと不安になり泣き出してしまうことがある。
 そんな時にいつも、「お父さんと私は仲良しだから大丈夫」と声をかけてきたから、クセでそう口にしてしまった。

「ごめんね! 変な意味じゃないから!」
「分かってるし。いちいち気にしてねえから!」
 顔を合わせてコソコソ話していた距離はいつの間にか近くなり、互いにパッと離れる。

「あーちゃん。先生と砂の山作ろうか?」
「うん! こっち、こっち!」
 京子先生の手首を掴み、グイッと引っ張る姉。
 
「明日香ちゃんと遊んでるから、少しゆっくりしたら?」
「でも……」
「大丈夫、関わり方は分かってるから」
「え?」
 私達に手を振りながら、姉に引っ張られて砂の山に駆けていく先生。本当に良いのだろうか?
 
「いいんじゃねーの? たまには甘えても?」
「そう……かな?」
 姉はこちらに目もくれず、夢中で砂山を積み上げていた。
 それを遠くより眺める為に、二人で石垣に座る。
 オレンジ色した空に浮かぶのは、大きくふわふわとした入道雲。それは風によりゆっくりと流れてゆく。
 そんな優雅な景色を眺めているのに、私の心臓はドクンドクンと激しく鼓動を鳴らしていた。
 そういえば五十嵐くんと二人きりになるの、初めてだったかもしれない。
 今更気付いたことに、私の心拍数はどんどんと上昇していくのを体全体で感じていた。