「三者面談の希望、明日までだからな。以上、気を付けて帰れよー」
居た堪れないロングホームルームが終わり、そのまま先生からの連絡事項を受け本日の授業は終わりとなる。
三年生の五月は、進路希望表と三者面談希望日を出す時期。それに沿って日程調整され、三者面談にて進路を決めていく。
進学、就職から始まり。短大、四年大、専門学校。就職先、職種など選択肢は無限にある。
それに加え私達が住んでいるのは、田舎の海町。大学短大などは付近に設立されているが、もし専門学校で資格を取りたいなら県外に出て一人暮らしなども考えなければならない。
オシャレが好きで、毎日ヘアアレンジしている渚は美容師。お菓子を作るのが好きで、よく持って来てくれる亜美はパティシエと進路を決めている。
二人は高校卒業後は、県外での一人暮らしを考えている。
まさに、この先を決める大切な時期に差し掛かってきていた。
「渡辺」
意識が外に広がる入道雲にいっていた私は、先生が横に居たことにも気付かず体がビクンとなる。
「……はい」
先生に視線を向けるとちょいちょいと手招きをされ、私は周囲を見渡しながらザワつく教室より出て行く先生の後を追う。
「十分だけ、話良いか?」
「……あ」
教室の時計を見ると、十四時五十分を差していた。いつもは六限目の後にショートホームルームがあるから三時を回ってしまうけど、今日はロングホームルームの時間内に全て終わったから時間があった。
「はい……」
小さく頷き、先を歩いていく澤井先生と距離が出過ぎないように階段を駆け降り付いていく。そこはやっぱり、職員室隣の進路指導室だった。
教室の半分ほどの広さである部屋は長方形で、左片側には本棚があり大学の赤本や進路用冊子がビッチリ並んである。
部屋の真ん中にはテーブルとポンプ椅子が配置されており、先生に座るように 促されて対面になるように腰を下ろす。
カーテンと窓が開いている為に暖かな日が差し、外からは爽やかな風が入ってきて丁度良い気候だった。
一呼吸置いた先生は時間がないからと本題に入り、わざわざ進路指導室に呼び出しての話はやはりあのことだった。
「三者面談、お父さんは難しいか?」
「はい、すみません」
昨日出した進路希望表にアルバイト希望と書き込み、三者面談希望日の紙に「必要ありません」と記入したことだ。
「進学は、本当に良いのか?」
「……勉強したいことないので」
眉を下げ、ははっと笑う。志がなさ過ぎる自分に、ただ笑うしかなかった。
「んー。働くにしても、本当に学校から斡旋しなくて良いのか? 学校からハローワークに就職希望者を報告するのは、五月中と決まってる。そう進路説明会で話したよな? 定職とフリーのバイトでは、給料、待遇、昇進、社会保険制度などが違う。どっちが優れているとか言うつもりはないが、これからの長い人生を考えると定職に就いて安定した生活を目指した方が良いと思うがな。そこらへん、お父さんは何か言ってないか?」
澤井先生はお父さんと同じ世代らしくて、高校生の娘さんが他の学校に通っているらしい。
ポロシャツにジーパンのラフな格好をしていて、キリッとした眼鏡をかけている。それが父に似ていて、なんだかホッとする。
「じっくり考えてみたのですが、やはり定職の方は時間の関係で厳しくて……。そう思うと、時間や休みなど色々と融通が効くアルバイトの方が身動きしやすいと思いますし。ですから三者面談はしなくて良いです」
一瞬、喉の奥が詰まる感覚がしたけど何とか声に出せた。
「お父さんも同意見か?」
「……はい」
父に似た柔らかな瞳に返事をすることにためらった私は、思わず先生の後ろより見える窓からの景色に目を向けていた。
ふわふわとした入道雲が風によりどんどんと流されていく様子に、「時間は大丈夫?」と聞かれたような気がした。
「……すみません、先生。そろそろ……」
進路指導室にかけてある柱時計に目をやるとまだ五分しか経っていないが、やたらソワソワしてしまう。
「悪い、最後に一つだけ。家庭のことに口は挟めんが、もう少しなんとかならんか? 預かりはまだ無理なのか?」
澤井先生の揺るぎない瞳に、「……人見知り強い性格なので」と笑い目を逸らす。
だって、どうしようもないことだから。だから、私は笑う。
「……そうか。呼び止めて悪かったな」
閉じた瞼を開いた澤井先生の目は変わらず柔らかく、口を硬く閉じていた。
「いえ、ありがとうございます。……先生、ジュースありがとうございました」
一人立ち上がり、心からその言葉を口にした。ここまで気にかけてくれることに。
すると先生も立ち上がり、出口に向かう私より先にドアの元まで行きガラガラと閉められていた戸を開けてくれる。
「ムリしないようにな?」
「はい」
その言葉に胸が温かくなった私は一礼し、私は進路指導室を後にする。
『ムリしないようにな』
先生の優しい気遣いはシュワシュワと弾けていた心を落ち着かせてくれる魔法の言葉で、だからこそ私は今こうやって立っていられるのだろう。
居た堪れないロングホームルームが終わり、そのまま先生からの連絡事項を受け本日の授業は終わりとなる。
三年生の五月は、進路希望表と三者面談希望日を出す時期。それに沿って日程調整され、三者面談にて進路を決めていく。
進学、就職から始まり。短大、四年大、専門学校。就職先、職種など選択肢は無限にある。
それに加え私達が住んでいるのは、田舎の海町。大学短大などは付近に設立されているが、もし専門学校で資格を取りたいなら県外に出て一人暮らしなども考えなければならない。
オシャレが好きで、毎日ヘアアレンジしている渚は美容師。お菓子を作るのが好きで、よく持って来てくれる亜美はパティシエと進路を決めている。
二人は高校卒業後は、県外での一人暮らしを考えている。
まさに、この先を決める大切な時期に差し掛かってきていた。
「渡辺」
意識が外に広がる入道雲にいっていた私は、先生が横に居たことにも気付かず体がビクンとなる。
「……はい」
先生に視線を向けるとちょいちょいと手招きをされ、私は周囲を見渡しながらザワつく教室より出て行く先生の後を追う。
「十分だけ、話良いか?」
「……あ」
教室の時計を見ると、十四時五十分を差していた。いつもは六限目の後にショートホームルームがあるから三時を回ってしまうけど、今日はロングホームルームの時間内に全て終わったから時間があった。
「はい……」
小さく頷き、先を歩いていく澤井先生と距離が出過ぎないように階段を駆け降り付いていく。そこはやっぱり、職員室隣の進路指導室だった。
教室の半分ほどの広さである部屋は長方形で、左片側には本棚があり大学の赤本や進路用冊子がビッチリ並んである。
部屋の真ん中にはテーブルとポンプ椅子が配置されており、先生に座るように 促されて対面になるように腰を下ろす。
カーテンと窓が開いている為に暖かな日が差し、外からは爽やかな風が入ってきて丁度良い気候だった。
一呼吸置いた先生は時間がないからと本題に入り、わざわざ進路指導室に呼び出しての話はやはりあのことだった。
「三者面談、お父さんは難しいか?」
「はい、すみません」
昨日出した進路希望表にアルバイト希望と書き込み、三者面談希望日の紙に「必要ありません」と記入したことだ。
「進学は、本当に良いのか?」
「……勉強したいことないので」
眉を下げ、ははっと笑う。志がなさ過ぎる自分に、ただ笑うしかなかった。
「んー。働くにしても、本当に学校から斡旋しなくて良いのか? 学校からハローワークに就職希望者を報告するのは、五月中と決まってる。そう進路説明会で話したよな? 定職とフリーのバイトでは、給料、待遇、昇進、社会保険制度などが違う。どっちが優れているとか言うつもりはないが、これからの長い人生を考えると定職に就いて安定した生活を目指した方が良いと思うがな。そこらへん、お父さんは何か言ってないか?」
澤井先生はお父さんと同じ世代らしくて、高校生の娘さんが他の学校に通っているらしい。
ポロシャツにジーパンのラフな格好をしていて、キリッとした眼鏡をかけている。それが父に似ていて、なんだかホッとする。
「じっくり考えてみたのですが、やはり定職の方は時間の関係で厳しくて……。そう思うと、時間や休みなど色々と融通が効くアルバイトの方が身動きしやすいと思いますし。ですから三者面談はしなくて良いです」
一瞬、喉の奥が詰まる感覚がしたけど何とか声に出せた。
「お父さんも同意見か?」
「……はい」
父に似た柔らかな瞳に返事をすることにためらった私は、思わず先生の後ろより見える窓からの景色に目を向けていた。
ふわふわとした入道雲が風によりどんどんと流されていく様子に、「時間は大丈夫?」と聞かれたような気がした。
「……すみません、先生。そろそろ……」
進路指導室にかけてある柱時計に目をやるとまだ五分しか経っていないが、やたらソワソワしてしまう。
「悪い、最後に一つだけ。家庭のことに口は挟めんが、もう少しなんとかならんか? 預かりはまだ無理なのか?」
澤井先生の揺るぎない瞳に、「……人見知り強い性格なので」と笑い目を逸らす。
だって、どうしようもないことだから。だから、私は笑う。
「……そうか。呼び止めて悪かったな」
閉じた瞼を開いた澤井先生の目は変わらず柔らかく、口を硬く閉じていた。
「いえ、ありがとうございます。……先生、ジュースありがとうございました」
一人立ち上がり、心からその言葉を口にした。ここまで気にかけてくれることに。
すると先生も立ち上がり、出口に向かう私より先にドアの元まで行きガラガラと閉められていた戸を開けてくれる。
「ムリしないようにな?」
「はい」
その言葉に胸が温かくなった私は一礼し、私は進路指導室を後にする。
『ムリしないようにな』
先生の優しい気遣いはシュワシュワと弾けていた心を落ち着かせてくれる魔法の言葉で、だからこそ私は今こうやって立っていられるのだろう。



