それから五十嵐くんは、私達をあちこちに連れて行ってくれた。
 まずは姉が望んだ山。そうは言ってもそこは芝生の山で、ビニール袋を差し出してきて滑っていくものだった。
 当然五十嵐くんは私にも容赦なくさせてきて、恥ずかしながら思い切って楽しんでしまった。

 次は保育園児の時に園で行った小山の散策。
 姉が通う支援学校の散歩コース。
 向日葵が綺麗に咲く畑。
 自然公園一周。

 同じ場所でも姉がもう一度行きたいと言うと、何度でも連れて行ってくれた。


「五十嵐くんはこの街に住んでいたの?」
 八月上旬。帰りの車内、私はそう口にしていた。

「あ? ……まあ、な」
 いつものような尖った声ではなくどこまでも歯切りの悪い返答に、私は噤む。
 また触れてはならないことを言ってしまった。また私は余計なことを口にした。
 そんな自分に、気付けば息が速くなる。

「中学まで住んでたんだよ。別に大したことじゃねーし」
 先程までの詰まりが嘘のようになくなり、父親の仕事だと早口で捲し立ててくる。

 今まで連れて行ってくれたのが全て同じ街で、どこか思い入れがあるのかと思い軽く聞いたけど余計なことだったな。
 そう思い、茜色に染まる海を眺める。

「……海に行きたい」
 沈黙に包まれた車内。それを破ってくれたのは姉の一言だった。
「海!」
 過剰に反応してしまった私は、どんどんと血の気が引いていくのを感じた。

「あー。……海に入らないと約束出来るか?」
 黙り込んでしまった私の代わりに言葉を繋いでくれたのは五十嵐くんで、冷静に話を続けてくれた。
 そうかと思えば姉は途端に声を上げて笑い、一言返した。
「それは大地だよ?」
「……え?」
 姉の言葉に、思わずそう声を漏らしてしまった。

「あ、何でもないの! なんでも!」
 ハッとした表情をしたかと思えば、私に向かって首を横にブンブンと振ってくる。
 眉は下がり目はキョロキョロとし、唇を噛み締めている。
 姉が嘘を吐いたり、明らかに後ろめたいことがある時にする顔だと知っている私は、どうゆうことかと問いたかった。
 だけど姉は頑なに何でもないと言い続け、押し黙ってしまった五十嵐くんの様子に私は何も言えなくなってしまった。

「……五十嵐くんも一緒だから、良いよ」
 次に、この沈黙を破ったのは私だった。

「一緒に居てくれる? そうだよね?」
 そんな言葉が自然と溢れ出ていた。
 言った途端に気付く、その言葉の厚かましさ。
 何、人を頼ろうとしているのだろう?
 変わらず押し黙る五十嵐くんに、慌てて訂正を図ろうとする。

「……当たり前だろ。俺、ちゃんと見てるし、いざとなったら全力で止めるから」
「ありがとう」
 当たり前。その言葉が私の中で、満ち溢れていく。