「大地、楽しかった!」
「今日はありがとう」
「別に」
 太陽が西に傾き茜色の光で海を照らす頃、海岸沿いの道路を駆け抜ける。

「次は山!」
 当たり前のように次の約束をしようとする姉に、私は戦慄した。
「山! ごめんね、聞かなくていいから! 山はまた今度行こうね」
「大地はー?」
「宿題があるから。お姉ちゃんもあるでしょう?」
「えー」
 楽しい気持ちに水を差してしまうが仕方がない。
 さすがにこれ以上とは、いかないのだから。

 自宅まで送ってもらう頃にはすっかり周辺は暗くなり、空はオレンジ色と紫色が混雑している。
 それは美しく、どこまで続いているのだろうとそんな考えが過ってしまった。

「今日は本当にありがとう」
「ありがとう、大地!」
 姉は次の約束がないことに少しの引っ掛かりがあるようだけど、ニコッ笑っている。やはり相手の都合を考えられるようになったようで、我を通さなくなっていた。

 だけど私達の声に黙り込んだままの五十嵐くんは、こちらをじっと鋭い目で睨み付けてくる。
 数十秒沈黙が続き緊張がピークに達した時、その声が聞こえた。

「父親が仕事休みじゃねーと借りられねーし、その日に借りられるか聞いてみるわ」
「……え?」
「だから次は山なんだろ?」
 気怠そうな声をしているのにこちらをとらえる目は、キリッとしていた。

「山! 連れて行ってくれるの!」
 バッと前に乗り出した姉は、満面の笑みを浮かべる。
「だって行きたいんだろ?」
「ありがとう!」

 トントンと進んでいく次の約束。本当にこのまま甘えて良いのだろうか?
 瞬きをパチパチとしながら、あまりにもあっさりと別れを終え、走り去る車を二人でただ見送る。
 ……五十嵐くん、どうしてそこまで付き合ってくれるのだろう?
 空を見上げると満面に広がる星々と、黄色く光る三日月。

 時刻は九時。ご飯を食べ、お風呂に入り、布団に入った途端に瞼はどんどんと下がっていき、無心でただ眠った。
 どれだけ眠たい時でも必ず押し寄せる、焦燥感、空虚感。言い表すことの出来ない、やるせなさ。
 それらを感じる間もなく、コトンと落ちた。