それからは姉も安定していき、無事に終業式を迎えられた。
 明日より夏休みであることに、湧き立つ体育館内。終業式の為に集まり、全校生徒が集まるのを待っていた。
 夏休みの予定話は具体的になっていて、「行きたいね?」から「行こう」になっている。
 気付けばその話に意識が向いていて、体育館窓より見える入道雲に目を向ける。

 悪かった期末テストの点数。低い成績表。
 その数字を思い返す度に胸に電流でも流れたのかと思うぐらいに痛むも、仕方がないよね。
 周囲を見渡すと、楽しそうに笑うクラスメイト。
 こんな成績、私ぐらいだろうな。普通の家庭なら怒られるよね? 勉強時間決められたり、塾に行きなさいと言われたり、その他には……。
 考えていくうちにより虚しくなり、その思いを入道雲に運んでもらう。
 そうすれば大丈夫。いつもの私に戻れるから。


「最後の試合、頑張ってね!」
 運動部は夏の大会を最後に引退と決まっており、この夏が最後の試合となる。二人は実力があり、県大会優勝も夢じゃないらしい。
 出来るだけ好成績を残して欲しい。それも本心だった。

「未咲も無理しないようにね」
「何かあったら連絡してー」
「ありがとう!」
 教室を出る前に振り返って手をブンブンと振り、また新学期ねと声をかけて出て行く。

 そう、また新学期。事情を知ってくれている二人は、遊びに行こうとは言わずにいてくれる。それは小学校一年生の時に家に遊びに来てもらって、泣き叫ぶ姿を見せてしまったから。
 姉の目に触れないようにと母も気を付けてくれ、私の部屋でトランプをして遊んでいたところに姉が突然入ってきた。母が目を離した一瞬で階段を登り、私の部屋を開けてきた。
 亜美と渚には双子の姉が居ることは話していたけど、体が弱いから別の保育園や学校に通っていると説明していて知的障害を抱えていることは伏せていた。
 話しても分からないだろうと思いながら。

 姉は二人に出されたジュースを見て、ズルいと叫び出す。その時は今以上に落ち着きがなく、その場でひっくり返って自分の頭を叩き足をバタバタとさせてしまった。
 私達と同じ一年生なのに。見た目は私と同じなのに。どうしてこの子は二歳の子供みたいに泣いているのだろう?
 瞬きを忘れて姉を見つめる視線から、そう脳内で駆け巡っているのだろうと子供ながらに感じ取った。

 それからは当然家に来てもらうことはなくなり、二年生になり母の癌が発覚してそれどころではなくなった。


 パタパタと廊下を早歩きすると、階段付近に佇んでいたのは担任の澤井先生。こちらに目をやった途端、そっと近付いてくる。
「渡辺」
「はい」
「夏休みに入るな? なんとか時間を作って、一度お父さんと話し合いなさい。進路変更は今からでも充分間に合うし、夏休み中でも三者面談は出来るから。方針が決まり次第、電話かけてきなさい」
 他の生徒に聞かれない配慮かボソッと呟き、私の目をまじまじと見つめる瞳はかつての父を彷彿させてくる。

「……はい」
「待ってるからな」
 他の生徒の視線を感じたのか、そっと離れていく背中。
 ……父に相談していないこと、気付いていたんだ。
 そう思うとキュッと締め付けてくる胸の奥。

 時間ないから。
 込み上げてくる感情に浸る時間もないまま私は階段を駆け降り、生徒用玄関でローファーを履き外に駆けていく。
 すると真昼の太陽は強く照り付けてきて、本格的な夏の始まりを知らせてくる。

 ……夢なんてないよ。あるのは目の前に存在する現実だけ。
 だから私は駆けて行く。時は待ってくれないのだから。