期末テストが終わり、ホッと息つく七月上旬。
 三年生だから完全に浮かれることは出来ないけど、ピリついていた期末テスト期間が終わり一際の安らぎに湧く教室内。
 高校最後の試合をやり遂げよう。
 高校最後の夏に街へ行こう。
 高校生の間に彼氏を作ろう。
 そんな会話が、夏休み前の教室内を賑やかせている。

 空は入道雲が所々に広がり、梅雨明けを想起させる太陽が照り付けてくる夏。
 ショートホームルームが終わり、また明日と亜美と渚に手を振るとテニスラケットで振り返してくれ、足取り軽く教室より出ていく。
 階段を駆け降り生徒用玄関のドアを抜け外に出ると十五時過ぎだというのに太陽の日差しが容赦なく、少し歩くだけで汗が滲む。

 私が通う高校から家までは徒歩十分程だけど、姉の迎えに行くバス停は家と反対方向で、高校より二十分かかる。
 普段は良いがこうゆう溶けそうなほど暑い日や、凍り付きそうな寒い日は正直辛い。
 それに加えバス停から家までの道のりに抜け道などはなく、車が行き交う海岸沿いを歩くことになる。だからこそ一番神経を使う時間で、どれほど疲れていても気を抜くわけにはいかない。
 だから停留所にスクールバスが停車した時点で、私の神経は明日の楽しみから姉の世話へとシフトする。

「みーちゃん!」
 バスの乗降口から駆け降り抱き付いてきた姉より、不穏な空気を感じ取る。
 何かあったんだって。
「どうしたの?」
 背負っていたリュックを持ち、背中を撫でながらゆっくり話すように声をかけるも、ただ泣きじゃくるばかり。
 今は話せる状況ではない。まずは気持ちを落ち着かせた方が良いと、私はしばらく背中を摩り続ける。

 五分ぐらいすると、落ち着いた姉の涙は止まっていた。 
 直射日光を浴びていたことから少し休んだ方が良いと思った私は、木々が影になってくれる緑のトンネルに連れて行く。
 するとそこは突き刺さるほどに強い紫外線を防いでくれ、サワサワと揺れる葉が風の音を知らせてくれる。
 そんな空を見上げて綺麗だよと声をかけるけど、姉は俯き手を強く握り返してくるだけだった。
 今日のは時間かかるかもな……。
 そう思いながら、日陰での休憩を終えた私は姉の手を引いて家に向かって行く。

 姉の心は弱く脆く、些細なことでガラガラと崩れてしまうことがある。そうなるとこのように泣いてしまって、こっちの話を聞いたり辛いことがあったのと話したり出来なくなってしまう。
 それは元々の性格もあるけど障害の一因でもあり、傷付きやすく切り替えが上手く出来ない。だからこうやって何時間も前に起きたことでも頭にこびり付いて離れないのだと、知的障害について勉強した時に知った。

 辛いだろう、忘れられないのは。
 辛いだろう、失敗を引きずるのは。
 だから私は何も話さず、家に連れて帰る。今姉は、自分の中で必死に折り合いを付けている。
 周りに居る者は、それを見守ることしか出来ないのだから。

 そう思い歩道を歩いていると、私達の前方を歩いている生徒にジロジロと見られていると気付く。確かに普段より見られてはいるけどその、明らかにその視線は刺々しいものだった。

 ……泣かせたと思われている?
 そんな考えが過った時、こんな暑い昼下がりだというのに背筋が凍り付いたような錯覚を覚える。
 いつもは周囲の視線なんて気にしないようにしているけど、昨日言われた「可哀想」の言葉がドシンと重くのし掛かる。
 ただでさえ寝不足で体がダルいのに、疲労感が一気に押し寄せてきたような気がした。

 ダメだ、引っ張られるな。私まで崩れてしまってどうするの?
 そうなったら、お姉ちゃんは誰が見るの? 
 家が回らなくなるでしょう?
 お父さんが心配するでしょう?

 頭の中でそんな呪文を繰り返し、押しボタン信号下に備え付けられてある赤いボタンを押した私は、目をギュッと閉じる。
 数十秒後に車のブレーキ音がして目を開けると、赤より青へと変わる信号機。一瞬太陽の光に目が眩むけどもう大丈夫。
 姉と私は車が行き通る道を横断し、家に繋がる田舎道へと抜けていく。

 不意に立ち止まり振り返ると、国道線を走る車はビュンビュンと抜けていき、それは止まることを知らない。
 太陽は毎日登ってくるけど、必ず沈む。
 入道雲はずっとそこには居らず、流れていく。
 だから私達も、その流れに乗っていかなければならない。時間は絶対に止まってくれないのだから。