「なん、て、ことを……!」
 声が、情けないほどに震えていた。アレンは動揺したまま、目の前の光景に、絶望にも似たなにかを覚えた。
 (うた)が、頭から血を流して力なく倒れている。息はある。だが、いまにも消えてしまいそうなほど弱々しかった。
 とん、とん、と足音が近づいてきて、アレンのすぐそばで止まった。ゆっくりと振り返る。そこには、うつろな目をして立ち尽くす朝奈の姿があった。片方の手にある古い冊子は、力を入れすぎてしわができていた。
「……なんで、なんであんなことしたの!」
 怒りに任せて、アレンは叫ぶように問いかけた。その声が、静かな体育館にこだまする。
 余韻が消えるのを待たずに、アレンは、
「盗作なんて……こんなの、脚本や舞台を、侮辱したも同然じゃないか! どういうつもりなんだよ! どんな気持ちで、必死に練習する俺たちや、舞台の準備をするひとたちを見てたんだよ!」
 と捲し立てるように言った。
 朝奈が今回書き上げた作品は、いまは廃部になった文芸部の部員が執筆した小説のパクリ——盗作だったのだ。
 いま朝奈が持っている冊子は、その元になった小説だった。
 悲しかった。ずっと信じて、一緒にやってきた仲間が、盗作をしていたという事実が、辛くてしょうがない。そして、これまでの部員が守っていた、『舞台で脚本や演技を侮辱すれば呪われる』という噂を、彼女は実行してしまったのだから。
「……演じたかったの、この作品を。なぜか分からないけど、狂おしいほどに……」
 朝奈は、力なく答えた。いつものような、伸びのある声ではなく、なにかにとり憑かれたような声音だった。
「……」これに、アレンは罵声を浴びせることはできなかった。ただ黙って、朝奈を睨みつけることしかできない。
 アレンは、この脚本を読んだ時から、この物語が盗作であると気づいていたのだ。入学してすぐ、掃除のときに入った教室で、原作を読んでいたからだ。しかし、わかっていて、アレンは黙っていたのだ。
 なぜか。それは、朝奈と全く同じだった。
 ——俺も、あの物語を演じてみたかった。
 だが、それと同時に、脚本や舞台を侮辱することになってしまう。そんな罪悪感を感じた。心の中で、そのふたつの感情が振り子のように揺れ続け、そしていま、罪悪感がアレンの中で勝ったのだ。
 お互いに、沈黙のまま見つめ合う。
 時計の針の音が、徐々にふたりを、この世界から切り離してゆく。
 そして——
「は……」
 気づいたときにはもう、現実世界からすら、ふたりは切り離され、隔絶されたのだ。
 脚本という、永遠の世界へ。

♢♢♢

 実際のゲームの全容はこうだ。
 このゲームでは、三つの幕が存在しており、いまは第三幕である。その物語を、登場人物であるアレンたちは本来の筋書き通りに進めなければならない。
 朝奈が盗作した作品は、三つあるシリーズのひとつだった、ということだ。
 第一幕は、村娘が地下にある大量の棺を見てしまい、気が動転したことにより、屋敷の人間を皆殺しにして終了する。
 第二幕は、朝奈が盗作した原作通りのストーリーで、ここまでは大した苦労はなかった。
 しかし、問題は第三幕だ。ここだけは、何十回、何百回といった試行錯誤の末、ようやく導き出された結末だった。
 最悪なことに、一度失敗すれば、どこからであろうと、必ず第一幕に戻されるのだ。つまり、セーブが存在しない。そのうえ、第一幕以外であの棺の部屋にたどり着いてしまうと、即リセットになってしまう。俗に言う、即死トラップだ。
 唯一の救いは、物語内にあるイベントとイベントの間の行動までもは制限されないということ。つまり、物語の進行上、都合が悪くなったときは、殴って気絶させたとしても、問題ないということ。
 これは、詩が第三幕で棺の部屋に入ろうとした際に使った方法だった。心苦しかったが、進行上仕方がないことだったと、割り切るほかない。
 ほかの部員たちは、確かに本人だ。しかし、役に意識を乗っ取られている、というのか、自我はほとんど存在しない。
 詩も、他の部員と同じように、役に意識を乗っ取られている状態なのだと思っていた。しかし、物語を進めていくうちに、詩だけは例外であることに気づいた。全く同じというわけではない。彼女は幕が変わるごとに、記憶が無くなっているのだ。
 なぜ、詩だけが例外なのか。それはアレンにも分からなかった。
 しかし、物語ももうすぐ終わる。もう何度繰り返したのか分からないこのゲームを、終わらせる時が来たのだ。

♢♢♢

「これから、どうなっちゃうんだろーね」朝奈は言う。「物語は終わったし、そろそろ脱出できてもいいよねー」
「そんなの俺が知ってるわけないでしょ? 物語を終わらせたのは、これが初めてなんだから」
「確かにねー……でもさ、もっとこう、わあって感じで終わると思ってたんだけど……」
 なんか期待外れだなあ、とぼやく朝奈を見て、アレンは思った。
 ——まさか、まだ終わってないのか?
 だとすれば、脱出できないことにも納得がいく。だとしたら、なにを見逃しているのだ。第三幕に、これ以上どんな展開が隠れているというのだ。
 その時だった。
 朝奈の背後で、物音がしたかと思えば、それが一気に距離を詰め、彼女の背中を刺した。
「えっ……」
 朝奈はそのまま、うつぶせに倒れこむ。刺さっているのは、金色の鋭利な刃物。こんなもの、ステージ上に会っただろうか。
 考えて、はたと思い立った。
 ——大時計の針だ。
 書庫にあった、アレンよりもずっと高さのある、あの大時計。刺さっているのは、その長針だった。
 おそるおそる、顔を上げると、そこに立っていたのは——詩だった。いまにも倒れそうなほど顔色が悪く、立っているのもやっとといった状態だった。どうやって朝奈と距離を詰め、彼女を刺殺したのだろう。いったいどこに、そんな力があったのだろう。詩はもう、立っていることもできないのか、その場に倒れこんだ。
 そして、思った。
 処刑(リセット)されない、と。
 つまりこれが、正しい選択なのだ。
「……詩、さん」
 アレンは、詩のもとへ歩み寄った。その道すがら、朝奈に刺さった長針を引き抜いた。