「……村娘さん、名乗り出た方がいいんじゃないですか」
一触即発の空気のなか、メイドが冷たく言い放った。背筋がぞわりと粟立つような感覚を覚えた。
その場にいた皆の視線が詩に集まるなか、見習い召使が口を開き、
「……急になにを言い出すつもり?」
と言った。険しい声音だった。
「昨晩、あなたは旦那様に呼び出されていたでしょう? ……そう、このワインセラーに」
その場にいる全員が息を呑んだ。
なぜ、そのことをメイドが知っているのか。詩の部屋に入った時に偶然見たのか、そもそもあの書置きを届けたのがメイドだったのか。どちらにしても、最悪な状況である。
詩は慌てて反論する。
「ち、違いますっ! 確かに昨日、旦那様に呼び出されましたが、わたしは行かなかったんです! だから殺したのはわたしじゃありません……!」
「夜中、彼女を見かけたひとはいますか?」
執事の問いに答える者はいなかった。詩自身も、昨晩は誰にも会わなかった。つまり、証人はいない。
しかし、そこではたと気づく。
——誰がわたしを、寝室まで運んだの……?
詩は昨晩、地下への階段の近くで、隠し通路を見つけた。そして、気づいたら部屋で寝ていたのだ。つまり、誰か運んだ人間がいるはずなのだ。もちろん、詩がひとりで部屋へ戻ったが覚えていない、という可能性もないわけではないが、現実的に考えれば、前者である可能性が高いだろう。
仮にそうなのだとすれば、目撃者がいるはずなのだ。
——でも、なぜか名乗り出ない……。
どのような意図があるのかどうかわからないが、いま言えることは、詩が最も怪しい人物である、という事だけである。
頭はまだ、痛いままである。
窓が少ない書庫は、ただでさえ暗い屋敷内の中でも、さらに暗い。そのうえ大して掃除もされていないのか、ほこりっぽかった。部屋に設置された振り子時計だけが、その空間の時を動かしている。
ひとりになるには、もってこいの場所だ。詩は適当に選んだ本をぱらぱらとめくる。内容はあってないようなもので、まったくと言っていいほど入ってこない。
MPCと主人を殺した犯人。そして詩を寝室まで運んだ人物。普通に考えれば、ここは同一人物と考えるのが自然だろう。それなら、名乗り出なかった理由にも筋が通る。だが、それでもなお、運んだ理由については分からない。犯人に仕立て上げたいのなら、それらしい細工をしていてもおかしくないだろうに、それらしいものは一切なかった。
——物語の真相……か。
考えれば考えるほど、意味が分からない。
「ちょっと」急に後ろから声をかけられる。
「わあっ!?」
思わず小さな悲鳴を上げる。見習い召使が、むっつりと立ち尽くしている。
「そんな暗いところで読んじゃだめだよ。目が悪くなっちゃうから!」
拗ねたような言い方だ。
「あ、ごめん」
「ふん……」
「あの……わたしになにか用?」
おもむろに尋ねると、
「さっきのことを気に病んでるんじゃないかって思って、見にきただけ」
つっけんどんに言った。いつもの見習い召使だ。
「そうだったんだ……ありがとう」
ふたりの間に、すっと沈黙の帳が下りる。耳に痛い。
それを破って、「……不安?」と見習い召使が問うてきた。急な質問に一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに我に返って「え、うん。そうだね」と答えた。
「いつ自分が死ぬか分からないし……」
——なにが間違いなのかもわからないし……。
詩の心に、そっと影が差す。
そんな詩の手を、見習い召使がそっと取った。はっと顔を上げる。真っ赤に染まった彼の顔があった。
「し、心配しなくていいよ。君が死ぬことは、きっとないから。それに——」
詩の手をそっと離し、見習い召使は踵を返す。去り際、彼はひと言、
「次に死ぬひとは……もう決まっているよ」
と、言い捨てたのた。
「え?」
その言葉の真相を尋ねる暇もなく、見習い召使は書庫を出てしまった。
——どういう意味だ?
まさか、一連の事件の犯人は、見習い召使なのか。彼はもう、今日殺す人物を決めているというのか。
詩はその場に立ち尽くして、呆然とすることしかできなかった。
翌日、殺されていたのはお嬢様だった。背中に血の花が鮮やかに咲いていた。それを見つめる見習い召使の表情には、限りなく〝無〟に近いなにかがあった。
昨日のことが気になった詩は、急いで書庫へと向かった。案の定、見習い召使はそこにいた。
なんともないように詩の方を見て、
「……なにか気になるの?」
と、見習い召使は問う。詩は微動だにせず、答えなかった。
「安心して。〝俺〟は犯人じゃないし」
「……」
まただ。詩は思った。やはり彼は、他の役者たちと一線を画している。
詩のような、自我がある。
「……アレン」
詩がその名を口にすると、見習い召使は一冊の本を詩に差し出した。
「まず、この本を読んで。話はそれからだよ」
タイトルは『Dirty Ending』 ——汚された結末……。
詩はつばを飲んで、ページをめくった。
♢♢♢
むかし、劇団にひとりの少女がいました。
少女は、生まれて初めて役をもらいました。それも主役です。
少女はできる限りの力を発揮して、舞台に臨みました。結果は大盛況! 第一回の公演は大盛況で幕を閉じました。
しかし、少女はその日、知ってしまうのです。自分たちが演じた脚本が、とある作品の盗作であるということに!
しかしそれを誰かに知らせるよりも前に、とある人物によって、少女はステージから突き落とされ、頭を打ってしまいました。
♢♢♢
物語は、中途半端なところで終わっていた。
「——」
思い出した。たったいま思い出した。この世界に来る前、なにをしていたのか、なにがあったのか。
「わ、たし……ステージから、つき、突き落と、されて……!」
動揺ゆえに、要領を得ないような言葉を繋げる詩の手を、見習い召使はそっと、自らの手で包み込む。
「大丈夫、落ち着いて。俺がここにいるから」
「……」
不思議なことに、その言葉はまるで魔法のように、詩の心を鎮めてくれた。しばらくの間そうしたあと、「こっちに来て」と手を引かれた。
そして誘導された、壁一面に並んだ書架。数えるだけで気が遠くなるほどの冊数が、一台のなかに収められている。
「……」
圧巻される詩に、見習い召使——否、アレンが告げる。
「ここにあるすべてが、いままで俺たちが歩んできた、このデスゲームの軌跡だよ」
呆気にとられる、とは、まさにこのことだった。
——これまで歩んできた、デスゲームの……軌跡……?
そこから考え出される答えなんて、ひとつしかない。
——このデスゲームは、何度も何度も繰り返されてるってこと……?
一触即発の空気のなか、メイドが冷たく言い放った。背筋がぞわりと粟立つような感覚を覚えた。
その場にいた皆の視線が詩に集まるなか、見習い召使が口を開き、
「……急になにを言い出すつもり?」
と言った。険しい声音だった。
「昨晩、あなたは旦那様に呼び出されていたでしょう? ……そう、このワインセラーに」
その場にいる全員が息を呑んだ。
なぜ、そのことをメイドが知っているのか。詩の部屋に入った時に偶然見たのか、そもそもあの書置きを届けたのがメイドだったのか。どちらにしても、最悪な状況である。
詩は慌てて反論する。
「ち、違いますっ! 確かに昨日、旦那様に呼び出されましたが、わたしは行かなかったんです! だから殺したのはわたしじゃありません……!」
「夜中、彼女を見かけたひとはいますか?」
執事の問いに答える者はいなかった。詩自身も、昨晩は誰にも会わなかった。つまり、証人はいない。
しかし、そこではたと気づく。
——誰がわたしを、寝室まで運んだの……?
詩は昨晩、地下への階段の近くで、隠し通路を見つけた。そして、気づいたら部屋で寝ていたのだ。つまり、誰か運んだ人間がいるはずなのだ。もちろん、詩がひとりで部屋へ戻ったが覚えていない、という可能性もないわけではないが、現実的に考えれば、前者である可能性が高いだろう。
仮にそうなのだとすれば、目撃者がいるはずなのだ。
——でも、なぜか名乗り出ない……。
どのような意図があるのかどうかわからないが、いま言えることは、詩が最も怪しい人物である、という事だけである。
頭はまだ、痛いままである。
窓が少ない書庫は、ただでさえ暗い屋敷内の中でも、さらに暗い。そのうえ大して掃除もされていないのか、ほこりっぽかった。部屋に設置された振り子時計だけが、その空間の時を動かしている。
ひとりになるには、もってこいの場所だ。詩は適当に選んだ本をぱらぱらとめくる。内容はあってないようなもので、まったくと言っていいほど入ってこない。
MPCと主人を殺した犯人。そして詩を寝室まで運んだ人物。普通に考えれば、ここは同一人物と考えるのが自然だろう。それなら、名乗り出なかった理由にも筋が通る。だが、それでもなお、運んだ理由については分からない。犯人に仕立て上げたいのなら、それらしい細工をしていてもおかしくないだろうに、それらしいものは一切なかった。
——物語の真相……か。
考えれば考えるほど、意味が分からない。
「ちょっと」急に後ろから声をかけられる。
「わあっ!?」
思わず小さな悲鳴を上げる。見習い召使が、むっつりと立ち尽くしている。
「そんな暗いところで読んじゃだめだよ。目が悪くなっちゃうから!」
拗ねたような言い方だ。
「あ、ごめん」
「ふん……」
「あの……わたしになにか用?」
おもむろに尋ねると、
「さっきのことを気に病んでるんじゃないかって思って、見にきただけ」
つっけんどんに言った。いつもの見習い召使だ。
「そうだったんだ……ありがとう」
ふたりの間に、すっと沈黙の帳が下りる。耳に痛い。
それを破って、「……不安?」と見習い召使が問うてきた。急な質問に一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに我に返って「え、うん。そうだね」と答えた。
「いつ自分が死ぬか分からないし……」
——なにが間違いなのかもわからないし……。
詩の心に、そっと影が差す。
そんな詩の手を、見習い召使がそっと取った。はっと顔を上げる。真っ赤に染まった彼の顔があった。
「し、心配しなくていいよ。君が死ぬことは、きっとないから。それに——」
詩の手をそっと離し、見習い召使は踵を返す。去り際、彼はひと言、
「次に死ぬひとは……もう決まっているよ」
と、言い捨てたのた。
「え?」
その言葉の真相を尋ねる暇もなく、見習い召使は書庫を出てしまった。
——どういう意味だ?
まさか、一連の事件の犯人は、見習い召使なのか。彼はもう、今日殺す人物を決めているというのか。
詩はその場に立ち尽くして、呆然とすることしかできなかった。
翌日、殺されていたのはお嬢様だった。背中に血の花が鮮やかに咲いていた。それを見つめる見習い召使の表情には、限りなく〝無〟に近いなにかがあった。
昨日のことが気になった詩は、急いで書庫へと向かった。案の定、見習い召使はそこにいた。
なんともないように詩の方を見て、
「……なにか気になるの?」
と、見習い召使は問う。詩は微動だにせず、答えなかった。
「安心して。〝俺〟は犯人じゃないし」
「……」
まただ。詩は思った。やはり彼は、他の役者たちと一線を画している。
詩のような、自我がある。
「……アレン」
詩がその名を口にすると、見習い召使は一冊の本を詩に差し出した。
「まず、この本を読んで。話はそれからだよ」
タイトルは『Dirty Ending』 ——汚された結末……。
詩はつばを飲んで、ページをめくった。
♢♢♢
むかし、劇団にひとりの少女がいました。
少女は、生まれて初めて役をもらいました。それも主役です。
少女はできる限りの力を発揮して、舞台に臨みました。結果は大盛況! 第一回の公演は大盛況で幕を閉じました。
しかし、少女はその日、知ってしまうのです。自分たちが演じた脚本が、とある作品の盗作であるということに!
しかしそれを誰かに知らせるよりも前に、とある人物によって、少女はステージから突き落とされ、頭を打ってしまいました。
♢♢♢
物語は、中途半端なところで終わっていた。
「——」
思い出した。たったいま思い出した。この世界に来る前、なにをしていたのか、なにがあったのか。
「わ、たし……ステージから、つき、突き落と、されて……!」
動揺ゆえに、要領を得ないような言葉を繋げる詩の手を、見習い召使はそっと、自らの手で包み込む。
「大丈夫、落ち着いて。俺がここにいるから」
「……」
不思議なことに、その言葉はまるで魔法のように、詩の心を鎮めてくれた。しばらくの間そうしたあと、「こっちに来て」と手を引かれた。
そして誘導された、壁一面に並んだ書架。数えるだけで気が遠くなるほどの冊数が、一台のなかに収められている。
「……」
圧巻される詩に、見習い召使——否、アレンが告げる。
「ここにあるすべてが、いままで俺たちが歩んできた、このデスゲームの軌跡だよ」
呆気にとられる、とは、まさにこのことだった。
——これまで歩んできた、デスゲームの……軌跡……?
そこから考え出される答えなんて、ひとつしかない。
——このデスゲームは、何度も何度も繰り返されてるってこと……?