その三日後。
従者のひとりである鈴は、その秀麗な顔を曇らせて、知己であるもうひとりの従者の昂と共に、主である桂秋の左右にそれぞれ立っていた。
目の前には五人の元老、臣下である文官と武官が合わせて十二人、そして領主の頭脳ともいうべき文官の代表である宰相がひとり、それぞれいつもの位置にずらりと並んでいた。
(ジジイどもの差し金か? 皆様お揃いで、ご苦労なことだ)
若い臣下たちに比べ、年老いたこの地の悪知恵である元老たちを視界に映しながら、鈴は心の中で呟いた。
なにかある事に口を出してくるのが彼らの仕事で、まだ若い領主である桂秋のためと言っては、行動に制限をかけて来るのだ。
おそらく、いや、間違いなく、例の件だろう。
三日前にこの領主の邸へやって来た、鎮守の森の使いと名乗る青年。この地はその鎮守の森を崇めており、そこに存在するという白の神を、古の頃から信仰としている。
遥か昔から、何度も他の地の侵攻はあったが、これまで多大な被害がないのは森の守護のおかげとされていた。
そんな信仰の源である"白の神の使い"が現れたとなれば、彼らが黙っているはずがなかった。政のために利用しようという気が満々で、今日もきっとそのために集まって来たに違いない。
(そんな事だろうと思って、無月様には顔を出さないようにと言っておいて正解だったな、)
鈴は昂に視線だけ向けて、合図でも送るかのように頷いた。どうやら昂も同じことを考えていたようだ。
「桂秋様、誰とも知らぬ者をお傍においてらっしゃるとか。他の地の間者でない保証は、どこにもないでしょうに。お傍に置かれるのなら、まずはひと言相談していただけると、大変ありがたいのですが」
元老の代表として、ひとりが口を開いた。
「桂秋様はまだ二十一と若いが、領主となってからしっかりと経験を積んでおります。元老殿たちは少し心配が過ぎるのでは?」
諫めるように、宰相であり叔父でもある紀章が、桂秋を庇うかのように言葉を返す。
「それに、彼の者は治癒の力を持っており、白の神の使いという肩書も当然、信用に値すると私は思いますが」
援護してくれる宰相の言葉に鈴も昂も安堵するが、それを逆手に取るように、元老たちが口々に囁き合う。
「それが妖術ではないとなぜ言い切れる?」
「そもそも、なぜ急に白の神が使いを寄こしたのだ? なにか悪いことの前触れなのではないか?」
好き勝手にそんなことを言い出す始末。それには他の武官や文官たちも顔色を変え始める。なんにせよ、彼らの発言は影響力が大きいのだ。
「たしかに隣国の侵攻は後を絶たず、こちらを常に狙っているのは皆の知るところ。しかし、間者であるという証拠もなく、疑うのは時期尚早では?」
それらをすべて一蹴するように、紀章は問い返す。それには皆口を噤み、何も返す言葉が見つからなかった。
「皆、勝手に決めてしまってすまない。なにかあってからでは遅いのはわかっている。だが、彼は俺のために助力してくれるそうだ。もし、少しでも疑わしいことがあれば、必ず叔父上に相談する。皆の助言もちゃんと聞き入れる。その上で、判断して欲しいと思う」
桂秋はまずは皆の前で頭を下げ、それから自分の言葉で宣言する。目の前にいる者たちそれぞれが、心から心配してくれているのも、なにか別の思惑があるのも、もちろん知っていて。
真っすぐで揺るがない。そんな桂秋を危ういという者もいる。誰でも簡単に信じてしまうことも。しかし、だからこそ彼を慕う者も多い。
その言葉もあって、今回はなんとか黙って帰ってくれたようだ。はあ、と嘆息して桂秋は右手で目の辺りを覆う。気遣うように、最後まで残っていた叔父が優しく笑みを浮かべる。
「桂秋、気に病むな。上に立つ者とは何かあればすぐに突かれる。隙を与えないのが一番だが、それはまず無理と言っていいだろう。色々と助けてやるためにも、その客人に会わせてもらえるかな?」
ふたりでいる時は、このように叔父の顔をみせてくれる紀章に対して、桂秋は「もちろんです」と頷いた。
父亡き後、ずっと助けてくれている叔父は、彼にとって父と同じだった。父の遺言書がなければ、まだ若かった桂秋に代わって領主の代理となっていたはずの叔父。
病のひとつもしないような、そんな元気な父が急な病に倒れ、亡くなるまでが早かっただけに、誰も遺言書の存在は予想していなかっただろう。
だからこそ、叔父の存在は大きく、桂秋にとって、臣下の中で唯一、少しも疑うことなく信頼できるひとであった。
その信頼は、この先も一生、揺らぐことなどないと思っていた――――。