――――数年後。森の葉が、夏の色から秋の色に変わる頃。
領主の邸の門の前。門番ふたりに、ひとりの青年が身分を問われていた。
青年は抑揚なく何度も同じ説明するのだが、その内容が突拍子もなさすぎるため、自分たちの判断ではどうにもならない、という結論に至る。
目の前に立つ青年は、白い衣裳にに赤い帯、長い黒髪を頭の右側で結っている美しい青年で、その瞳はこの辺りでは見たことのない、碧色をしていた。
髪の毛を飾る赤い房の付いた紐飾りが特徴的で、その表情はどこか儚げ。神秘的という言葉が似合うだろう。
どう見てもこの地の者でないことは確かなのだが、本人曰く、「鎮守の森の白の神の使い」らしい。それが本当なら門を開けなくてはならないし、嘘なら嘘で、本当の身分を明かしてもらう必要があった。
門番のひとりは、この怪しくも美しい青年の態度に対して悪い気はせず、だからこそ真偽を確認する必要があると踏んだ。
「では、少し待っていてくれないか? 上の者に確認を取る」
確認を取ると言っても、そもそも元老や領主自身の耳に入っていれば、事前に門番たちに命じているはずだった。
それがないという時点で、青年が突発的にここを訪れていることになるわけだが、彼を入れる入れないの判断を下すのは、自分たち下っ端の兵には難しかった。
そんな中、門の扉が勝手に開く。そこに立っていた人物に対して、門番たちは慌ててその場にふたり並んで跪き、深く頭を下げた。
長い茶色い髪の毛を、低い位置で結んでいる二十代前半の青年が、様子を窺うようにして、門の内側からその外側を眺めていた。
瞳は、琥珀色。黒い衣裳の上に左半分の赤い衣裳を纏い、右肩に白い紐飾りのついた金色の布を垂らしているその青年は、その状況を見て不思議そうに訊ねてきた。
「どうした? その者は、俺に用事があるんじゃないのか? いつも言っているだろう。民の声はこの地の声。身分など気にせず、通して構わないと」
「け、桂秋様、あ、その、この者は、いつもと事情が違いまして····、」
「は、はい。少なくとも、この地の民ではなさそうでしたので、」
そうなのか? とこの地の領主である桂秋は、その先にいる青年に視線を移す。白い衣裳を纏う美しい青年は、小首を傾げ、三段ある階段の一番下からこちらを見上げていた。
「自分の事を"白の神の使い"と言うので、正直、どう対処したらいいのかと迷い、上の方々に確認をしようとしていたところでして、」
そうしている内に、一番偉い領主が出てきてしまったのだ。それに対しては、門番たちが一番驚いている。
「俺は桂秋。あなたの名は?」
桂秋は屈託のない笑みを浮かべ、躊躇うことなくその青年に問う。
青年は最初はぼんやりとしていたが、やがてそれに応えるように、その美しい顔に小さな笑みを浮かべた。