「今日も一日、よろしくお願いします」

 幼い頃から慣れ親しんできた『可愛い、可愛い』という呪いの呪文。
 この可愛いを二十代後半になっても維持し続けるには、日々の努力が欠かせなくなってくる。
 でも、どれだけ努力しても若さには勝てないのではないかという諦めが、心の奥底に重くのしかかってくる。

「いらっしゃいませ」

 男女平等が叫ばれつつあるけど、百円ショップという場所は比較的女性が多く勤務している。
 私が勤めている百円ショップは典型的すぎるといっても過言ではなく、男性ゼロの職場。
 学生のアルバイトさんたちには若さならではの輝きがあって、無邪気さのある笑顔は百円ショップを活気づけてくれる。
 とてもできたアルバイトさんに恵まれているのを実感するけど、若い人たちに囲まれた職場では、二十代後半の『可愛い』は色褪せてしまう。

「いらっしゃいませ……」
「ちょっと、これ、不良品だったんだけど」

 若い頃は『可愛い、可愛い』ともてはやされてきた。
 でも、社会人になってから需要があるのは『可愛い』ではない。
 上司からの信頼が厚く、同僚や後輩たちから頼りにされる存在こそが、価値ある人間として評価される。

「大変申し訳ございません」
「気をつけてよね」

 私?
 私は多分、価値のない人間。
 二十代後半にしては顔が可愛いってだけで、それ以外の価値を何も持ち合わせていない。

若芽(わかめ)さん、休憩終わったら、棚づくり手伝って」
「はい」

 百円ショップの仕事にはレジ、接客、入荷など、いろいろな業務がある。
 その中でも棚づくりと呼ばれている業務があって、季節ごとに変わる特別なアイテムを並べる棚を見栄えよく整えること。
 その季節を彩るための商品や、特に売り出したい商品を推すための棚をつくる。

(棚づくりなんて、数えられるほどしかやらせてもらったことがない……)

 その百円ショップで、最も目立つ花形的な棚をつくるという重要な作業は主に店長の役割。
 もしくは、店長のお眼鏡にかなった店員さんが棚づくりを担当する。
 今日の店長は仕事が立て込んでいるらしく、人手を欲しているらしい。
 店長が呼んだのは、私が勤務するショップに研修に来ている若芽鈴(わかめすず)さん。
 来年の今頃には仕事のできる正社員として、どこかの百円ショップの利益を上げるために活躍しているはず存在。

「はぁ」

 私は学生のときから百円ショップに勤務していて、そのときの経験が準社員まで引き上げてくれた。
 大学卒業と同時に正社員になった若芽さんは経験を積んでいる最中とはいえ、既に店長の信頼を得ていると感じられる光景を目に入れるのは体に毒だった。

(憧れたら、負け……)

 新入社員は経験を積まなければいけないって分かってはいるけど、次から次へと重要な仕事を任されている若芽さんのことが正直羨ましい。

(やっと休める……)

 休憩時間になって休めるようになったのはいいけれど、今日は新入社員の若芽さんと休憩時間が重なっている。
 サプリメントの入った鞄を持って、私はこっそり音を立てないように若芽さんから逃げ出した。

(若芽さん、普段どこでご飯食べてるんだろ……)

 大型ショッピングセンターの中にある百円ショップに勤務しているため、休憩時間は社員食堂の利用が許されている。
 でも、ショッピングセンターの社員さんたちに紛れて休憩を取るのは未だに苦手で、私はショッピングセンター近くにある公園まで足を運んだ。

(公園まで来る人、いないよね……)

 休憩時間以内に戻ってこられれば、お店で食事してきても、家に帰ってもいい。
 大人に与えられた自由時間の使い方は、その人その人に委ねられている。
 学生のときみたいに、みんな同じじゃなくてもいい。
 でも、みんな同じを経験してきた私からすれば、社会人になってから自由な時間の使い方は任せますと言われても困ってしまう。
 二十代の後半を生きているといったって、未だに時間の使い方は上手くならない。

「森永さん……?」

 休憩時間に、公園を訪れる社会人がいることに驚愕した。
 若芽さんから逃げ出すために選んだ公園のはずなのに、まるで若芽さんと出会うために公園を選んだかのような神様の采配に愕然としてしまう。

「森永さんと休憩時間が同じになるの、初めてですね」

 陽の光を浴びることのできる公園に来ると、彼女の若さある柔らかな黒髪が陽の光を受けて輝いて見える。
 彼女が微笑んでくれるだけで、その笑顔は春を運んできたように心を温めてくれる。
 でも、そんな彼女の笑顔が苦手だった。
 誰もが心を開かずにはいられなくなる、その笑顔から逃げるために公園を選択したはずなのに。
 上手くいかない人生に、溜め息が混じる。