七回までは投手戦が続いた。
 蓮が心配していた通り、陸は少し調子が悪いようで、応援席からは心配の声が上がっている。
 普段の陸は狙い球を絞らせないよう、正確なコントロールと緩急で揺さぶり、速球で仕留めるスタイルらしい。
 よく分からずにかなでが首を傾げていると、才能と技術のごり押しで空振りを取るってことだよ、と蓮が説明してくれた。
 しかし今日の陸はいつもの投球ができないようで、打たせて取るピッチングスタイルに変えているようだ。

 野球は、ストライクを三つ取れば、一つアウトがもらえる。そして、スリーアウトで攻守が交代する。

 しかしピッチャーは必ずしもストライクを取りにいく必要はない。
 わざと打者にボールを高く打ち上げさせ、野手がノーバウンドでボールを取っても同じアウト一つ。
 他にも打者が塁を踏む前に送球すればアウトは取れるのだ。
 当てることはできるけれど、打ちづらいボール。そんな投球をすることで、打者にボールを打たせて、アウトを取っているようだった。

 七回裏、ようやくスコアボードが動いた。
 先取点は東星学園。三番バッターが進塁してから四番、五番が大きなヒットを放ち、二得点。
 かなでと蓮は手を取り合って喜んだ。

 八回表、九回表の陸は、一味違った。
 それまでの不調が嘘のように、気持ちがいいほどきれいに三振をとっていく。
 二点リードした状態で、九回表、ツーアウト。
 あと一つアウトをとれば、優勝。

 大きく心臓が鳴り響く。
 両校の応援がヒートアップし、鼓膜が破れてしまいそうだ。
 それまでかなでは、ほとんど声を出していなかった。人よりも大きな声を出すのは苦手だし、どうせ陸や咲夜には届かないから、と。
 でもかなでもこのときばかりは、必死で声を上げていた。

「陸くん! 咲夜ー! 頑張ってー!!」

 届くはずはない。それでも、叫ばずにはいられなかったのだ。

 勝利を目前に立ちはだかるのは、相手高校の四番バッターだった。
 キャッチャーのサインに、陸が頷く。
 そして振りかぶった一球目。身体近くに投げられたボールに、バッターは手が出ない。
 二球目。フルスイングしたバットを嘲笑うかのように、ボールはキャッチのミットにおさまる。
 これで、ツーアウト、ツーストライク。つまり、あと一つストライクを取れば、試合が決まる。

「陸くんーっ!! 頑張れーっ!!」

 周りの応援に負けないように、かなでも必死に叫ぶ。
 大きく振りかぶり、陸が投げたボールは、キャッチャーのミットを小気味よく鳴らした。
 バットは空を切り、ストライクバッターアウト! と審判のよく通る声が響いた。

 会場が、歓声に揺れた。
 かなでは目からぼろぼろと大粒の涙が流れ、ひどくかすれた声でおめでとうー、と呟く。
 隣で観戦していた蓮も涙を必死に堪えているようだった。咲夜に借りたキャップを蓮の頭にぽすんと乗せると、蓮は俯いてひくっと喉を鳴らした。

 この日、高校球児の夏が終わった。