***
緊張で震えそうになる手を抑えながら、丁寧に魚の骨を取っていく。
食事一つ取っても礼儀にうるさい父は、みっともない行動をするとすぐに叱責を飛ばしてくるのだ。
普段は別々に食事を取っているが、卒業の祝いということで今日は夕食を共にしている。
だが、どんなご馳走だったとしてもこの緊張の中食べるのでは味もろくに分からない。
祝いというより何かの罰なのではないだろうかとすら思ってしまった。
「さて、ようやっと卒業したな。明日は【離縁の儀】だ。滞りなく行うように」
「はい……」
食後、母の淹れた茶を飲みながらいかめしい顔立ちの父が上機嫌に語る。
一応卒業の祝いという名目で共に食事をしたというのに、『おめでとう』の一言もないとは……。
(思えば、お父様に優しくされた記憶はないわね)
思い返してみても厳しくされた記憶しかない。
幼い頃でさえ、抱き上げてくれるどころか頭を撫でてくれたこともないのではないだろうか。
明日には【離縁の儀】にてお役目を全うし、この櫻井の家を離れるため過去に思いを馳せてみたが……。
少なくとも良い思い出というものが出てくることはなかった。
良い思い出は女学校での友と過ごした日々など、家以外の場所でのことばかり。
それを思うと悲しくなるが、明日の【離縁の儀】を全うすればこの家の娘としての役割は終わるのだ。
その後はすぐに桐矢家へと向かうのだから、ある意味愛着がない分別れ惜しむこともないため良かったのかもしれない。
などと思っていると、襖の向こうから「失礼致します」と男の声が掛けられた。
「っ」
異性の声に警戒心が沸く。
鬼花である自分は父以外の殿方に触れることは出来ない。
それはまるで呪いに似ていて、同じ部屋にいるだけでも気分が悪くなるのだ。
側に寄れば吐き気をもよおし、触れてしまうと湧き上がる怖気に正気を失いかねない。
以前まさにその状態に陥った相手である声の主、兄の藤也が珍しく琴子のいる場所へと来たらしい。
「来たか藤也。入れ」
「はい」
兄を呼びつけたのは父らしい。
命じられるままに襖を開け入ってきた藤也は、父に似ていかめしい顔つきをしている。
琴子と目が合うと冷めた眼差しになる藤也は、すぐにその目線を父へと向けた。
「何かご用でしょうか?」
早速本題に入る藤也に、父は飲んでいた茶を置き珍しく笑みを見せる。
「明日はついに琴子の【離縁の儀】だからな。その後の行動を含め一度確認しておこうと思ったのだ」
そう話し出す父は本当に機嫌が良いようで、いつも以上に口数が多い。
琴子は藤也の存在により少々具合を悪くしながら、確認も兼ねてその話を無言で聞いた。
「まず、明日琴子は守護鬼である朱縁様にまみえ、かの方の妖力が込められた数珠をお返しする。それで離縁は成り立つ」
婚姻も数珠を付けるだけというアッサリしたものだったが、離縁もそれを返すだけで済むとは情緒もなにもない。
(まあ、一度もお会いしたことのない方ですしそんなものよね)
会うこともない花嫁を何故求めるのか疑問はあれど、長くそのように儀式を行ってきたので問題はないだろう。
「そして次の鬼花のために朱縁様はまた数珠に妖力を込められる。それを共に行く藤也が受け取るのだ。藤也の娘が次の鬼花となるのだからな」
「……はい」
何か思うところがあるのか、藤也が返事をするまでには少々間があった。
だが、ほとんど会うこともない兄がなにを思っているのかなど琴子に分かるわけもない。
父も、上機嫌だからなのか息子の間を置いた返事を気にすることはなかった。
「琴子はそのまま桐矢の迎えの者と桐矢家に向かうのだ」
「……はい」
前々から言われていたことなのですでに了承しているが、改めて聞くと本当に別れを惜しもうという気持ちはないのだなと思う。
(まあ、私も惜しむほどの愛着はないのだけれど)
そう淡泊に思ってしまう自分に、琴子は少々悲しく思ったのだった。
緊張で震えそうになる手を抑えながら、丁寧に魚の骨を取っていく。
食事一つ取っても礼儀にうるさい父は、みっともない行動をするとすぐに叱責を飛ばしてくるのだ。
普段は別々に食事を取っているが、卒業の祝いということで今日は夕食を共にしている。
だが、どんなご馳走だったとしてもこの緊張の中食べるのでは味もろくに分からない。
祝いというより何かの罰なのではないだろうかとすら思ってしまった。
「さて、ようやっと卒業したな。明日は【離縁の儀】だ。滞りなく行うように」
「はい……」
食後、母の淹れた茶を飲みながらいかめしい顔立ちの父が上機嫌に語る。
一応卒業の祝いという名目で共に食事をしたというのに、『おめでとう』の一言もないとは……。
(思えば、お父様に優しくされた記憶はないわね)
思い返してみても厳しくされた記憶しかない。
幼い頃でさえ、抱き上げてくれるどころか頭を撫でてくれたこともないのではないだろうか。
明日には【離縁の儀】にてお役目を全うし、この櫻井の家を離れるため過去に思いを馳せてみたが……。
少なくとも良い思い出というものが出てくることはなかった。
良い思い出は女学校での友と過ごした日々など、家以外の場所でのことばかり。
それを思うと悲しくなるが、明日の【離縁の儀】を全うすればこの家の娘としての役割は終わるのだ。
その後はすぐに桐矢家へと向かうのだから、ある意味愛着がない分別れ惜しむこともないため良かったのかもしれない。
などと思っていると、襖の向こうから「失礼致します」と男の声が掛けられた。
「っ」
異性の声に警戒心が沸く。
鬼花である自分は父以外の殿方に触れることは出来ない。
それはまるで呪いに似ていて、同じ部屋にいるだけでも気分が悪くなるのだ。
側に寄れば吐き気をもよおし、触れてしまうと湧き上がる怖気に正気を失いかねない。
以前まさにその状態に陥った相手である声の主、兄の藤也が珍しく琴子のいる場所へと来たらしい。
「来たか藤也。入れ」
「はい」
兄を呼びつけたのは父らしい。
命じられるままに襖を開け入ってきた藤也は、父に似ていかめしい顔つきをしている。
琴子と目が合うと冷めた眼差しになる藤也は、すぐにその目線を父へと向けた。
「何かご用でしょうか?」
早速本題に入る藤也に、父は飲んでいた茶を置き珍しく笑みを見せる。
「明日はついに琴子の【離縁の儀】だからな。その後の行動を含め一度確認しておこうと思ったのだ」
そう話し出す父は本当に機嫌が良いようで、いつも以上に口数が多い。
琴子は藤也の存在により少々具合を悪くしながら、確認も兼ねてその話を無言で聞いた。
「まず、明日琴子は守護鬼である朱縁様にまみえ、かの方の妖力が込められた数珠をお返しする。それで離縁は成り立つ」
婚姻も数珠を付けるだけというアッサリしたものだったが、離縁もそれを返すだけで済むとは情緒もなにもない。
(まあ、一度もお会いしたことのない方ですしそんなものよね)
会うこともない花嫁を何故求めるのか疑問はあれど、長くそのように儀式を行ってきたので問題はないだろう。
「そして次の鬼花のために朱縁様はまた数珠に妖力を込められる。それを共に行く藤也が受け取るのだ。藤也の娘が次の鬼花となるのだからな」
「……はい」
何か思うところがあるのか、藤也が返事をするまでには少々間があった。
だが、ほとんど会うこともない兄がなにを思っているのかなど琴子に分かるわけもない。
父も、上機嫌だからなのか息子の間を置いた返事を気にすることはなかった。
「琴子はそのまま桐矢の迎えの者と桐矢家に向かうのだ」
「……はい」
前々から言われていたことなのですでに了承しているが、改めて聞くと本当に別れを惜しもうという気持ちはないのだなと思う。
(まあ、私も惜しむほどの愛着はないのだけれど)
そう淡泊に思ってしまう自分に、琴子は少々悲しく思ったのだった。