プロの演奏は、とにかく圧倒された。
テレビや動画、CDなどで聴くのとは比較にならない。迫力も、躍動感も、表現力も、言葉では言い表せないほどの力を持っていた。
音楽を聴いているのに、映像を見ていると錯覚する瞬間もあった。楽団員の間でしっかりと曲のイメージが共有出来ているのだろう。音の一粒一粒に意味があり、それでいて曲全体を通して一貫した方向性が見えるような。なめらかなのにときに激しく。息をすることさえもためらうような静かで優しいフレーズと、息を飲むほど荘厳で迫力のあるユニゾン。
コンサートが終わった後、しばらく二人は立ち上がらなかった。正確に言えば、あまりの衝撃に感情が追いつかず、立ち上がることが出来なかったのだ。
先に我に返ったのは駿介で、萌の肩をぽんぽんと優しく叩いてくれた。夢見心地な気分のまま会場の外に出て、すごかったねぇ、と呟く。外はすっかり暗くなっていた。
「プロの演奏を聴くと、俺たちの演奏って穴だらけなんだなって実感するな」
「そりゃあ相手はプロだもん。でも、私たちだって明確なイメージを持って練習すれば、近づけることは出来ると思う」
まずは課題点の洗い出し。改善出来るところを見つけていく。次に目標とする音楽の方向性を決める。着地点を定めたら、そこに到達するために必要な練習を一つずつ見つけていかなければならない。
ただ楽器を吹くだけでは、練習とは呼ばない。目標を持って、考え、音の一つ一つに意味を持たせ、音の羅列を音楽へと変えていくのだ。
プロのオーケストラの音楽に近づきたいだなんて、無謀な夢かもしれない。それでも、萌はわくわくしている自分がいることに気づいていた。
そんな萌の顔を見て、駿介が小さく笑った。
「雨宮のそういうとこ、強いなって思うし、見習いたいな」
「えっ、そうなの?」
自分では分からないところを褒められて、萌は少しだけ戸惑う。
それでも強い、と思ってもらえることは素直に嬉しかった。
強くありたい。夢も、恋も、友情も、全部掴んで、手のひらからこぼれ落ちないように。自分の弱さで、大切なものを失ったりしないように。
「あの学校で、…………あのメンバーで演奏が出来るのはあと半年ちょっと。そう思ったら、のんびりしてられないな」
「うん。頑張ろうね」
自分たちに出来る、最高の音楽を。
そんな気持ちが伝わってくる。
駿介と二人で目を合わせた。強い意志の宿った瞳。曇りのないまっすぐな目は、とても駿介らしいと思った。いつでも手を抜くことなく、真剣に音楽に向き合っている。
一生懸命な彼が好きだ。だからこそ、萌も胸を張って隣に並び立てる人でありたいと思う。