「ねえ。私のこと、好き?」

 あの御方は、わたしの愛を確かめるように、何度となく、そうお尋ねになった。
 そう、あの御方――中宮(ちゅうぐう)定子(ていし)さまは、わたしのことを愛してくださっていたのだ。
 大抵は、さりげに好意を忍ばせた和歌を贈ってくださったけれど、ダイレクトにおっしゃることもあったし、表情や仕草だけを取ってみても、定子さまの、わたしに対する愛は一目瞭然!

(ああ、なんてわたしは幸せだったんだろう!)

 もちろん、わたしも定子さまをお(した)いしていた。
 定子さまこそが、わたしの()し!
 最推しの、愛しき御方――。

「わたしも、中宮さまのこと、好きです」

 (おそ)れ多いことではあったけれど、そう返事しても、定子さまは満足することがない。

「好き? 好き? 大好き?」

 甘えん坊の子どものように、そう何度も尋ねてこられる。
 かと思えば、急に素っ気ない態度をとったり、気のないフリをしたり。わたしのリアクションが気に入らなければ、()ねたりすることもあった。そういうところがまた可愛くてたまらない……。
 わたしの推しは、ちょっぴり面倒くさい、尊くて、愛しい御方なのだ。


 あれは、わたしが女房(秘書)として定子さまにお仕えするようになって、一年ほど経ったころ――。
 定子さまの御身内の女性たち、貴族たちが大勢、定子さまのご機嫌伺いにやってきて、やたらと騒がしかった。
 定子さまの信頼が厚い秘書のわたしといえど、まだまだ新人のころ。割って入るなんて無理だった。「つまらないわ」と思いながらも遠慮して、定子さまから離れて、柱に寄りかかりながら同僚と世間話をしていたら。
 定子さまもわたしと話せなくて退屈していたのか、ポーンと、何かをこちらに投げてくださった。開いてみると、定子さまからのお言葉が!

「愛してあげたいと思うけれど、私にとって、そなたがナンバーワンでないとしたら、どうするの?」

(こ、こ、これは……っ!?)

 定子さまは、わたしをお試しになっているんだわ!
 わたしは普段から、こう言い切っていた。

「とにかくね、相手から一番愛されなきゃ、どうしようもないわ。でなけりゃ、いっそ、憎まれて酷い扱いを受けたほうがマシ! 二番手・三番手なんか、死んでもイヤ! 一番でありたいわ」

 それを聞いた先輩の女房たちは笑って、
「一乗の法ってところね」
 なんて言って、わたしをからかったのだ。
 一乗の法とは、唯一無二を意味する言葉。「『法華経』こそが唯一無二の真理で、仏の教えの極意である」なんて言われたことが由来だ。そんなわたしの絶対主義を、定子さまは覚えておられたらしく……。

「さあ、この筆と紙をお使いなさい」
「は、はい!」

 定子さまから筆と紙を受け取り、わたしは深呼吸した。
 下手な返事を書けば、定子さまのご機嫌を損ねてしまう。

(それだけは避けたいわ)

 緊張しながら筆を走らせる。

「極楽浄土には、九つの階級があるそうです。中宮さまにお仕えできている現状は、わたしにとって、この上もない極楽なのです。一番どころか、最低ランクであっても満足なのです」

 こう書いて、定子さまにお返事すると。

「えっ、ウソでしょ!?」

 美しく見開かれた定子さまの瞳に、驚きの色が浮かぶ。

(しくじった!)

 何かマズかったのかしら……と、冷たい汗が背中を伝う。

「随分と卑屈になったものね? そなたは『二番手・三番手なんて、死んでもイヤ!』なんて言ってなかったかしら?」

 そうおっしゃって、定子さまはニヤッとされた。

(定子さまは、わたしの反応を楽しんでいるんだわ!)

 今になって思い返せば、もっと上手い返しができたのに……と思うけれど、まだまだ遠慮が抜けない新人時代ですもの。ひたすら低姿勢を貫くしかなかった。
 さらに定子さまのドSな口撃は続く。

「ちょっと弱気すぎるわよ」
「そ、それは相手によります……」

 消え入りそうな声で弁解すると、定子さまの表情が変わり、口調が強くなった。

「それがイケないのよ。最推しに、一番に愛されたいと望まなければ!」
「おっしゃる通りです……」

(なんて尊いんだろう!)

 わたしの推しは、いつだって真理をおっしゃる御方だった。


 ……といった感じで、定子さまとの美しい思い出をメインに、季節の情緒とか、日々感じたことなどを書き連ねていこうと思う。