妖が統べる国・故妖(こよう)国。
 整然とした都の奥には公家の屋敷が立ち並び、華やかな風情を醸し出している。
 だが、門に近付くにつれその華やかさは風前の灯となっていた。

 力ある妖の公家が住まう地域は自然と治安も良くなる。
 だが、力なき人間の住まう門付近には都の外を根城にする荒くれ者も時折現れるのだ。
 同じ都として囲われているというのに随分と違うのね、と美鶴(みつる)は自嘲するように儚く笑う。

 そして、そのような場所に娘一人を向かわせるとは両親はよほど自分が疎ましいらしい。
「……いいえ、疎ましいというよりどうでもいいのだわ」
 彼らが愛しているのは妹の春音(はるね)だけ。
 気味の悪い自分は愛するどころか視界にも入れたくないのだろう。
 今とて、その愛する春音のために買ってきたという簪を門付近で落としてしまったようだから、探して来いと家を追い出されたのだ。

「……まあ、探す必要はないのだけれど」
 なぜなら、今日で自分の命は儚く消えてしまうのだから。

 数日前美鶴はその光景を視た。
 門付近の小屋が火事になり、次々と燃え移っていく様を。
 そして、焼け落ちた柱の下敷きとなり呆気なく死んでしまう自分の姿も。

 妖が統べる国だからだろうか。
 この国の人間には稀に異能を持つ者が生まれる。
 美鶴もそんな一人だった。
 だが、人の身で人ならざる力を持っているという事は人間の目から見るとかなり異端に見えるらしい。
 元々は別の国で商売をしていたという両親から見たら尚更だったのだろう。
 幾度となく美鶴が口にした言葉が的中したことで異能を持っていることが発覚した途端、両親の自分を見る目が変わった。

 昔は愛されていたような気もするが、異能を持っていると分かってからは気味悪がられていた。
 しかも春音が生まれてからは両親の愛情は彼女にばかり注がれるようになり、美鶴はないがしろにされるようになる。
 春音が物心つく頃には、美鶴はもう家族の一員ではなくなっていた。

 両親以外の大人の目はもっと厳しくて、外に出るとまるで罪でも犯した者を見るような目を向けられる。
 一体自分が何をしたのだろう?
 ただ、異能を持って生まれてきたというだけなのに。

 異能さえなければ、と何度呪ったことだろう。
 何故この国に生まれてしまったのかと、何度思っただろう。
 周りに味方はおらず、ただ生きているだけ。
 両親に仕事を言いつけられることで、少しは役に立てているのだと思えた。
 少なくとも、生きていていいのだと思えた……。
 その程度のことが救いになってしまっていた時点で、美鶴は愛されること自体を諦めていた。

 愛してもらおうと努力したこともあっただろうか?
 泣いてばかりいた記憶しかないので、もうそれすらも忘れてしまった。
 本当に、生きることだけを許されているから生きているだけ。
 人々が語る生きる意味など、美鶴には夢のようなものだった。

 だから、自分の死の予知を視ても感情が動くことはなかったのだ。
 死の恐怖を覚えたのは一瞬。
 その痛みと苦しさを思い震えただけ。
 あとはもう、この無為な人生が終わるだけなのだな、となんの感慨もなく思うのみ。
 そうなると逆に自分が生まれた意味は何だったのかと疑問に思うが、今はそれすらもどうでもいい。
 このまま門の方へ向かえば、全てが終わるのだから。

 死の運命を受け入れた美鶴は、整えられた路を古くなった草履で進む。

 全てが終わると思っていたこの日、それは逆に全ての始まりの日でもあったのだと後に知ることとなる。