(ちょう)についた稚沙(ちさ)は、そこにいる男性に事情を説明し、木簡(もっかん)をそのまま渡した。

「あぁ、これだ、これ。今丁度必要だったから本当に助かるよ」

 その男性はどうやら事情を知っていたようで、思わず安堵した。

「では、私はこれで失礼します」

 稚沙がそう相手に話してから、その場を立ち去ろうとした時である。その男性がふと何かを思い出したようにして、彼女にいった。

「そういえば、近々糠手姫皇女(ぬかでひめのひめみこ)がここに来られると聞いてるが、その辺の話し君は何か知ってるか?」

「え、糠手姫皇女……?」

 稚沙は一体何のことだろうと思った。

(えぇ~と糠手姫皇女といったら、炊屋姫(かしきやひめ)様の夫だった、渟中倉太珠敷大王(ぬなくらのふとたましきのおおきみ)と別の妃との間に生まれた皇女だったはず?)

 何分大和の皇族は姫も含めると本当に多い。その為、稚沙も全てを完璧に把握出来ている訳ではない。

「いや~、急に小墾田宮(おはりだのみや)に来られると聞いて、何かあったのかちょっと気になってたんだよ」

 通常皇女ともなれば、頻繁に外をであるくことは余りしない。もしかすると炊屋姫に何か話でもあるのだろうか。

「そうなんですか。ただあいにく私は何も知らないもので……」

「そうか、君は炊屋姫様とも会う機会が多いだろうから、何か知ってるかと思ったんだ。まぁ、知らないならそれで構わないよ。何か悪いね、無理に引き留めてしまって」

「いえいえ、お役に立てずで済みません」

 こうして彼女はその男性に挨拶をして、その場を離れることにした。

(でも、本当にどうして糠手姫皇女が、急に小墾田宮に来ることになったんだろう?この手の話なら、古麻(こま)辺りでも聞いたら分かるかも。目上の女官の人に聞いたら、そんなことも知らなかったのか!とかいわれて怒られそうだし……)

 その後稚沙は、仕事の合間を見て古麻の元を訪ねてみることにした。