「とりあえず、前回は私の事を気に掛けて、小墾田宮に泊まったのでしょう。そのお礼を言おうと思って……」

 稚沙はひとまず椋毘登に先日の感謝のお礼を言う。

「別にその件は気にしなくていい。あれは俺が勝手にやった事だからな」

 どうやら椋毘登の方は、先日の事はそこまで気にはとめてはなさそうだ。

「ところで話は変わるが。いよいよ(ずい)に行っていた使者の人達が飛鳥に戻ってくる頃だな」

「隋からのって……えぇーと、確か昨年に炊屋姫(かしきやひめ)様が隋に送った人達よね」

 昨年の今頃、炊屋姫は小野妹子(おののいもこ)という青年を大使に選び、大国隋に派遣させていた。

 これは遣隋使(けんずいし)と呼ばれるもので、隋の様々な文化や制度を学ぶことを目的とし、また他国との外交の兼ね合いも持ち合わせていた。

「あぁ、特に小野妹子殿は厩戸皇子(うまやどのみこ)からの信頼もとても厚い方だと聞いている」

 椋毘登(くらひと)も、こういった話には割と関心があるようだ。彼のいる蘇我自体も外国との繋がりも色々と持っている。

「そうみたい。それと向こう国の使者も一緒に来られるそうで、その人達の為に炊屋姫様は、新しい館を難波(なにわ)高麗館(こまのむつろみ)の側に作られたわ」
※高麗館:外国の使いや客を泊める建物

 相手はあの大国隋からの使者達だ。倭国側も出来る限りの出迎えをするつもりでいる。

「これはきっとこの国挙げての、盛大な出迎えになるはずだ。今は丁度筑紫に滞在されてる頃だろうから、飛鳥に来るのは来月の6月に入って頃だろうか」

「えぇ何でも、私の身内の額田部もこの件には関わっているそうで、今色々と大変みたい」

 稚沙は先日実家から、そのことについての連絡が来ていた。恐らく稚沙自身も出迎えには関わることになるだろう。

「ふーん、まぁそうなるだろうな。それだけ今回は色んな人達が総動員するってことだからね。当然うちもそんな感じだ」

「まぁ、馬子(うまこ)様や蝦夷(えみし)は確実にそうでしょうね」

 そういって稚沙は少しクスクスと笑った。

 彼女は前回初めて、蘇我馬子の息子である蝦夷と知り合った。彼はとても気さくで感じの良い青年である。

「そういえばお前、前に蝦夷と知り合っていたな。別に話すぐらいは良いが、余り親しくするなよ」

 椋毘登は少し刺のあるいい方で彼女に忠告した。

「えぇ、どうして?蝦夷はとても良い人に見えるけど?」

 前回もそうだったが、椋毘登は自分と蝦夷が仲良くするのがどうも気にくわない風に見える。

「別に理由はないが、お前と蝦夷が仲良くするのは、何となく気にくわない」

 椋毘登はそういって、少しムスっとしてしまった。

 椋毘登と蝦夷は従兄弟同士の関係だが、そこには稚沙には分からない何かがあるのだろうか。

「うーん、いまいち理由が分からないけど。椋毘登がそこまでいうならそうする。私も椋毘登に嫌われたくないし」

 彼女自身も折角彼とここまで打ち解けられたのだ。その関係を壊す方が稚沙も嫌だと思った。

 それを聞いた椋毘登も安心したのか、どうにか彼の不機嫌さも上手くおさまったようだ。

「まぁ、どのみちこれから忙しくなるだろうから、蝦夷がどうのこうのとかいってられなくなるけどな」


 こうして飛鳥では、隋からやってくる人達の出迎えのため、それから忙しい日々が始まることとなる。